・・・子供等は何か無性に面白がって餅を握りながらバタバタと縁側を追い廻る、小さいのは父上の膝で口鬚をひっぱる。顔をしかめながら父上も笑えば皆々笑う。涼しい風が吹いて来て榊のゆうがサラサラと鳴り、檜扇がまた散った。そのうちに膳が出て来て一同その前に・・・ 寺田寅彦 「祭」
・・・さるを今の作者の無智文盲とて古人の出放題に誤られ、痔持の療治をするように矢鱈無性に勧懲々々というは何事ぞと、近頃二三の学者先生切歯をしてもどかしがられたるは御尤千万とおぼゆ。主人の美術定義を拡充して之を小説に及ぼせばとて同じ事なり。抑々小説・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ けれ共、大きな箱舟の中に牛だの馬だの鳩だのと一緒に世界にノアがたった一人決して死なずに、今日も明日もポッカリ、ポッカリと山を越したり海だった所を渡ったりして行クと云う事が、無性に羨しかった。 どんな偉い王様も、獣も皆溺れるのにノア・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫