・・・しかしそのような著しい地殻の古きずが現在の歪に対して時々過敏になりうるであろうと想像するのは単に無稽な空想とは言われないであろう。 それで問題の怪異の一つの可能な説明としては、これは、ある時代、おそらくは宝永地震後、安政地震のころへかけ・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・未来の可能性は、それがどんなに現在の凡人に無稽に見えても実は現在の可能性のほんのわずかの延長にしか過ぎないからである。人間の飽くことなき欲望がこの可能性の外被を外へ外へと押して行くと、この外被は飴のようにどこまでもどこまでも延長して行くので・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・いずれにしても、武士道というものに対しても西鶴が独自の見解をもっていて、その不合理と矛盾から起る弊害を指摘する心持があったであろうという想像は、マテリアリストとしての彼の全体から判断し推測してそれほど無稽なものではないと思われるのである。・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・そんなぜいたくを許してくれない。そんな無稽な夢を描かなくても、科学とその応用がもっと進歩すれば、生きた歯を保存することも今より容易になり、また義歯でも今のような不完全でやっかいなものでなくてもっと本物に近い役目をつとめるようなものができるか・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それで、この国曳きの神話でも、単に無稽な神仙譚ばかりではなくて、何かしらその中に或る事実の胚芽を含んでいるかもしれないという想像を起こさせるのである。あるいはまた、二つの島の中間の海が漸次に浅くなって交通が容易になったというような事実があっ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・おいて任意の時代に発生した文化の産物のすべてのものが、時とともに拡散して行くのは、ちょうど水の中にたらした一滴のアルコホルの拡散して行く過程と、どこか類似したものであろう、という想像は、理論上それほど無稽なものではあるまいと思われる。 ・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ あらゆる先入観念を捨て、あらゆる枝葉の利害を除いて最も本質的にこの問題を考えてみたならば、私がここに言っていることが必ずしも無稽なものでない事が了解されはしないかと思う。 次に考えなければならないのはいわゆる社会欄である。この欄の・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・第五癩病の如き悪疾あれば去ると言う。無稽の甚しきものなり。癩病は伝染性にして神ならぬ身に時としては犯さるゝこともある可し。固より本人の罪に非ず。然るを婦人が不幸にして斯る悪疾に罹るの故を以て離縁とは何事ぞ。夫にして仮初にも人情あらば、離縁は・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・実際には行われ難き事なれども、もしも諸方に行わるる政談演説を聴きて、その論勢の寛猛粗密を統計表につくりて見るべきものならば、そのいよいよ粗暴にして言論の無稽なる割合にしたがいて、その演説者もいよいよ不学なりとの事実を発明することあるべし。他・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・身体を犯すの病毒はこれを恐るること非常にして、精神を腐敗せしむるの不品行は、世間に同行者の多きがためにとて自らこれを犯して罪を免れんとす。無稽もまた甚だしというべし。故にかの西洋家流が欧米の著書・新聞紙など読みてその陰所の醜を探り、ややもす・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫