・・・円く照る明月のあすをと問わば淋しからん。エレーンは死ぬより外の浮世に用なき人である。 今はこれまでの命と思い詰めたるとき、エレーンは父と兄とを枕辺に招きて「わがためにランスロットへの文かきて玉われ」という。父は筆と紙を取り出でて、死なん・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・観魚亭夕風や水青鷺の脛を打つ四五人に月落ちかゝる踊かな日は斜関屋の槍に蜻蛉かな柳散り清水涸れ石ところ/″\かひがねや穂蓼の上を塩車鍋提げて淀の小橋を雪の人てら/\と石に日の照る枯野かなむさゝびの小鳥喰み居る枯・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・坂、坂は照る照る鈴、鈴鹿は曇る、あいのあいの土山雨がふる、ヨーヨーと来るだろう。向うの山へ千松がと来るだろう。そんなのはないよ。五十四郡の思案の臍と来るよ。思案の臍とはどんな臍だろう。コイツは可笑しい、ハハハハハ痛い痛い痛い横腹の痛みをしゃ・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・ 日が強く照るときは岩は乾いてまっ白に見え、たて横に走ったひび割れもあり、大きな帽子を冠ってその上をうつむいて歩くなら、影法師は黒く落ちましたし、全くもうイギリスあたりの白堊の海岸を歩いているような気がするのでした。 町の小学校でも・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・日がかんかんどこか一とこに照る時か、また僕たちが上と下と反対にかける時ぶっつかってしまうことがあるんだ。そんな時とまあふたいろにきまっているねえ。あんまり大きなやつは、僕よく知らないんだ。南の方の海から起って、だんだんこっちにやってくる時、・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・雲がきれて陽が照るしもう雨は大丈夫だ。さっきも一遍云ったのだがもう一度あの禿の所の平べったい松を説明しようかな。平ったくて黒い。影も落ちている。どこかであんなコロタイプを見た。及川やなんか知ってるんだ。よすかな。いいや。やろう。〔さ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 七十と七十六になった老婆は、暫く黙って、秋日に照る松叢を見ていた。 沢や婆が帰る時、植村の婆さんは、五十銭やった。「其辺さ俺も出て見べ」 二人は並んで半町ばかり歩いた。〔一九二六年六月〕・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・物蔭の小高いところから、そちらを見下すと、そこには隈なく陽が照るなかに、優美な装束の人たちが、恭々しいうちにも賑やかでうちとけた供まわりを随えて、静かにざわめいている。 黒い装束の主人たる人物は、おもむろに車の方へ進んでいる。が、まだ牛・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ 暫く話してから、西日の照る往来に出、間もなく、自分は、アタールという名を忘却した。 それから、クマラスワミーとは友情が次第に濃やかになり、十月頃彼が帰るまで、我々は、ヨネ・野口をおいては親しい仲間として暮した。種々な恋愛問題なども・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・高く耀き 照る日のように崇高にどうしていつもなれないだろう。あまりの大望なのでしょうか?神様。 *自分は 始め 天才かと思った。 あわれ あわれ は……。然し、その夢も 醒めた。 有難・・・ 宮本百合子 「五月の空」
出典:青空文庫