・・・が、いずれも一家をなし、一芸に、携わる連中に――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す親はなし、やけに女房が産気づいたと言えないこともないものを、臨機縦横の気働きのない学芸だから、中座の申訳に困り、熱燗に舌をやきつつ、飲む酒も、ぐッぐと咽・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・枕許へ熱燗を貰って、硝子盃酒の勢で、それでもぐっすり疲れて寝た。さあ何時頃だったろう。何しろ真夜半だ。厠へ行くのに、裏階子を下りると、これが、頑丈な事は、巨巌を斫開いたようです。下りると、片側に座敷が五つばかり並んで、向うの端だけ客が泊った・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ あまっさえ熱燗で、熊の皮に胡坐で居た。 芸妓の化けものが、山賊にかわったのである。 寝る時には、厚衾に、この熊の皮が上へ被さって、袖を包み、蔽い、裙を包んだのも面白い。あくる日、雪になろうとてか、夜嵐の、じんと身に浸むのも、木・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・衣を持って来たのも、お背中を流しましょうと言ったのも、皆手隙と見えて、一人々々入交ったが、根津、鶯谷はさて置いて柳原にもない顔だ、於雪と云うのはどうしたろう、おや女の名で、また寒くなった、これじゃ晩に熱燗で一杯遣らずばなるまい。 ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題を極め込んだれど実もってかの古大通の説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者の首を斬るよりも易しと鯤、鵬となる大願発起痴話熱燗に骨も肉も爛れたる俊雄は相手待つ間歌・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・太郎はまたこの新築した二階の部屋で初めての客をするという顔つきで、冷めた徳利を集めたり、それを熱燗に取り替えて来たりして、二階と階下の間を往ったり来たりした。「太郎さんも、そこへおすわり。」と、私は言った。「森さんのおかあさんが丹精して・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・いう順序に並び、向う側は、帳場さん、嫂、姉たちが並んで、長兄と次兄は、夏、どんなに暑いときでも日本酒を固執し、二人とも、その傍に大型のタオルを用意させて置いて、だらだら流れる汗を、それでもって拭い拭い熱燗のお酒を呑みつづけるのでした。ふたり・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・「まアお熱燗いところを」と、小万は押えて平田へ酌をして、「平田さん、今晩は久しぶりで酔ッて見ようじゃありませんか」と、そッと吉里を見ながら言ッた。「そうさ」と、平田はしばらく考え、ぐッと一息に飲み乾した猪口を小万にさし、「どうだい、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫