・・・油画の元祖の川上冬崖は有繋に名称を知っていて、片仮名で「ダイオラマ」と看板を書いてくれた。泰山前に頽るるともビクともしない大西郷どんさえも評判に釣込まれてワザワザ見物に来て、大に感服して「万国一覧」という大字の扁額を揮ってくれた。こういう大・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・読んでみると章坊の手らしい幼い片仮名で、フジサンガマタナクと書いてある。「あら」と女の人は恥かしそうに笑ってその紙を剥がす。「章ちゃんがこんな悪戯をするんですわ。嘘ですのよ、みんな」と打消すようにいう。「何の事なんです、これは」・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ A新聞社の前では、大勢の人が立ちどまり、ちらちら光って走る電光ニュウスの片仮名を一字一字、小さい声をたてて読んでいる。兄も、私も、その人ごみのうしろに永いこと立ちどまり、繰り返し繰り返し綴られる同じ文章を、何度でも飽きずに読むのである・・・ 太宰治 「一燈」
――愛ハ惜シミナク奪ウ。 太宰イツマデモ病人ノ感覚ダケニ興ジテ、高邁ノ精神ワスレテハイナイカ、コンナ水族館ノめだかミタイナ、片仮名、読ミニククテカナワヌ、ナドト佐藤ジイサン、言葉ハ怒リ、内心・・・ 太宰治 「創生記」
・・・はい、という言いかたに特徴があります。片仮名の、ハイという感じであります。一時ちかく、生徒たちが自動車で迎えに来ました。学校は、海岸の砂丘の上に建てられているのだそうです。自動車の中で、「授業中にも、浪の音が聞えるだろうね。」「そん・・・ 太宰治 「みみずく通信」
子規の自筆を二つ持っている。その一つは端書で「今朝ハ失敬、今日午後四時頃夏目来訪只今帰申候。寓所ハ牛込矢来町三番地字中ノ丸丙六〇号」とある。片仮名は三字だけである。「四時頃」の三字はあとから行の右側へ書き入れになっている。・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・よく講演なんていうと西洋人の名前なんか出て来てききにくい人もあるようですが、私の今日の御話には片仮名の名前なんか一つもでてきません。 私はかつて或所で頼まれて講演した時、「日本現代の開化」という題で話しました。今日は題はない。分らなかっ・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男が比々皆是なりと云いたいくらいごろごろしていました。他の悪口ではありません。こういう私が現にそれだったのです。たとえばある西洋人が甲という同じ西洋人の作物を評したのを読んだとすると、その評・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 小学教育の事 二 平仮名と片仮名とを較べて、市在民間の日用にいずれか普通なりやと尋れば、平仮名なりと答えざるをえず。男女の手紙に片仮名を用いず。手形、証文、受取書にこれを用いず。百人一首はもとより、草双紙その他、民間・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・それに答える娘たちの物語は、片仮名を二つかさねた名でよばれるこれらの娘たちの生活が、どんな現実をもっているかということを赤裸々に告げた。第一、彼女たちは、めいめいがはったりでいっているほどの金を儲けてはいない。第二に、決して自由気ままな生活・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫