・・・ もう畳を上げた方がよいでしょう、と妻や大きい子供らは騒ぐ。牛舎へも水が入りましたと若い衆も訴えて来た。 最も臆病に、最も内心に恐れておった自分も、側から騒がれると、妙に反撥心が起る。殊更に落ちついてる風をして、何ほど増して来たとこ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・自分が牛舎の流しを出て台所へあがり奥へ通ったうちに梅子とお手伝いは夕食のしたくにせわしく、雪子もお児もうろうろ遊んでいた、民子も秋子もぶらんこに遊んでいた。ただ奈々子の姿が見えなかった。それでも自分はあえて怪しみもせず、今井とともに門を出た・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・どんどん黒い松の林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵をまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽を二つ乗っけて置いてありました。「今晩は、」ジョバンニは叫びました・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・狭い土面をきちきちに建ててある牛舎には一杯牛が居る。私の幼さい時から深い馴染のある、あの何だか暖ったかい刺激性の香りが外まであふれて居る。 退屈な乳牛共が板敷をコトコト踏みならす音や、ブブブブと鼻を鳴らすの、乾草を刃物で切る様な響をたて・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫