・・・乃ち私の稚時の古跡はもう影も形もなくこの浮世からは湮滅してしまったのだ…… * 寺院と称する大きな美術の製作は偉大な力を以てその所在の土地に動しがたい或る特色を生ぜしめる。巴里にノオトル・ダアムがある。浅草に観・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・木は何の木か知らぬが細工はただ無器用で素朴であるというほかに何らの特色もない。その上に身を横えた人の身の上も思い合わさるる。傍らには彼が平生使用した風呂桶が九鼎のごとく尊げに置かれてある。 風呂桶とはいうもののバケツの大きいものに過ぎぬ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・それは日本語によってのみ表現し得る美であり、大きくいえば日本人の人生観、世界観の特色を示しているともいえる。日本人の物の見方考え方の特色は、現実の中に無限を掴むにあるのである。しかし我々は単に俳句の如きものの美を誇とするに安んずることなく、・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・言行和らぎて温順なるは婦人の特色にして、一般に人の許す所なり。事に当りて男子なれば大に怒る可き場合をも、婦人は態度を慎しみ温言以て一場の笑に附し去ること多し。世間普通の例に男同士の争論喧嘩は珍らしからねど、其男子が婦人に対して争うことは稀な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・『新古今』は客観的叙述において著く進歩しこの集の特色を成ししも、以後再び退歩して徳川時代に及ぶ。徳川時代にては俳句まず客観的叙述において空前の進歩をなし、和歌もまたようやくに同じ傾向を現ぜり。されども歌人皆頑陋褊狭にして古習を破るあたわず、・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・この見地からその特色を数えるならば次の諸点に帰する。一 これは正しいものの種子を有し、その美しい発芽を待つものである。しかもけっして既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を、色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするもので・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・信州地方の風景的生活的特色、東京の裏町の生活気分を、対比してそれぞれを特徴において描こうとしているところ、又、主人公おふみの生きる姿の推移をその雰囲気で掴み、そこから描き出して行こうとしているところ、なかなか努力である。カメラのつかいかたを・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・ 自然主義の小説は、際立った処を言えば、先ずこの二つの特色を以て世間に現れて来て、自分達の説く所は新思想である、現代思想である、それを説いている自分達は新人である、現代人であると叫んだ。 そのうちにこういう小説がぽつぽつと禁止せられ・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・夢では色彩を見ないと云うことが夢の特色ではないか。 夢の研究家 私の友人で夢の研究家があった。夢ばかりを分析していた。逢うと夢の話をしていた。すると、死んで了った。 夢の話 夢の話と云うものは、一・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・埴輪人形の一番の特色は眼である。あの眼が、あの稚拙な人物像を、異様に活かせているのである。 と言ってもあの眼は、無雑作に埴土をくりぬいて穴をあけただけのものである。通例はその穴が椎の実形の、横に長い楕円形になっていて、幾分眼の形を写そう・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫