・・・猫と杓子が寄ってたかって、戦争だ、玉砕だ、そうだそうだ、賛成だ賛成だ、非国民だなどと、わいわい言っているうちに、日本は負け、そして亡びかけたのです。 猫であり、杓子であるということは、つまり自分の頭でものを考えないということであります。・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
玉砕という題にするつもりで原稿用紙に、玉砕と書いてみたが、それはあまりに美しい言葉で、私の下手な小説の題などには、もったいない気がして来て、玉砕の文字を消し、題を散華と改めた。 ことし、私は二人の友人と別れた。早春に三・・・ 太宰治 「散華」
・・・やに軽蔑した文句を並べる、不肖なりといえども軽少ながら鼻下に髯を蓄えたる男子に女の自転車で稽古をしろとは情ない、まあ落ちても善いから当り前の奴でやってみようと抗議を申し込む、もし採用されなかったら丈夫玉砕瓦全を恥ずとか何とか珍汾漢の気きえん・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ 新聞で私達は玉砕と言われた前線部隊の人々が生還していることを度々読んだ。死んだと思われた人が生きて還って来るといえば私達の心は歓びで踊るように思う。然しその本人達は、そのような歓びを無邪気に感じていられただろうか。自分を死んだものとし・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・彼に「アッツ島玉砕」という悽惨きわまりない絵がある。彼の年とったおかっぱの顔にある不安をながめて、彼はあの絵に追われているという感じがした。その絵が自分をつかまえないうちに、早く! 早く! そう思っている不安のように思えた。 巖本真理の・・・ 宮本百合子 「手づくりながら」
出典:青空文庫