・・・ 旅商人の脊に負える包の中には赤きリボンのあるか、白き下着のあるか、珊瑚、瑪瑙、水晶、真珠のあるか、包める中を照らさねば、中にあるものは鏡には写らず。写らねばシャロットの女の眸には映ぜぬ。 古き幾世を照らして、今の世にシャロットにあ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・菫ほどな小さい人が、黄金の槌で瑪瑙の碁石でもつづけ様に敲いているような気がする。 嘴の色を見ると紫を薄く混ぜた紅のようである。その紅がしだいに流れて、粟をつつく口尖の辺は白い。象牙を半透明にした白さである。この嘴が粟の中へ這入る時は非常・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・だからあの天衣の紐も波立たずまた鉛直に垂 けれどもそのとき空は天河石からあやしい葡萄瑪瑙の板に変りその天人の翔ける姿をもう私は見ませんでした。(やっぱりツェラの高原だ。ほんの一時のまぎれ込みなどは結局斯う私は自分で自分に誨えるように・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・そしてたいせつに紅雀のむな毛につつんで、今まで兎の遠めがねを入れておいた瑪瑙の箱にしまってお母さんにあずけました。そして外に出ました。 風が吹いて草の露がバラバラとこぼれます。つりがねそうが朝の鐘を、 「カン、カン、カンカエコ、カン・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ そして浅黄の瑪瑙の、しずかな夕もやの中でいわれました。(よくお前はさっき泣その時童子はお父さまにすがりながら、(お父さんわたしの前のおじいさんはね、からだに弾丸をからだに七つ持と斯う申されたと伝えます。」 巡礼の老人は私の・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・世界長は身のたけ百九十尺もある中世代の瑪瑙木でした。 ペンネンネンネンネン・ネネムは、恭々しく進んで片膝を床につけて頭を下げました。「ペンネンネンネンネン・ネネム裁判長はおまえであるか。」「さようでございます。永久に忠勤を誓い奉・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・その時森の中からまっ青な顔の大きな木霊が赤い瑪瑙のような眼玉をきょろきょろさせてだんだんこっちへやって参りました。若い木魂は逃げて逃げて逃げました。 風のように光のように逃げました。そして丁度前の栗の木の下に来ました。お日さまはまだまだ・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・キラキラとひかるこまかいあみの中から瑪瑙の様な目は鏡の中のあみの中にある目と見合わせて口辺にはまっさおの笑をたたえて居る。特別に作られた女の不思議な姿を朝の光はいっぱいにさして居た。 目の辺に黒いかげはなく頬に茶色のしみもない特別に作ら・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・異様に白く、或は金焔色に鱗片が燦めき、厚手に装飾的な感じがひろ子に支那の瑪瑙や玉の造花を連想させた。「なあ、ヘェ、あてらうちにこんなん五匹いるわ」 それは普通の出目金で、真黒なのが、自分の黒さに間誤付いたように間を元気に動き廻ってい・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・あたりには、龍涎香を千万箱も開けたような薫香に満ち、瑪瑙や猫眼石に敷きつめられた川原には、白銀の葦が生え茂って、岩に踊った水が、五色のしぶきをあげるとき、それ等の葦は、まあ何という響を立てることでしょう。 胡蝶の翅を飾る、あの美くしい粉・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫