・・・「第一、その王女はまだ生きておいでになるのだろうか。」「御心配には及びません。私がちゃんとよくして上げましょう。」と馬が言いました。「王女は全く世界中で一ばん美しい人にそういありません。今でもちゃんと生きてお出でになります。けれ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・蛹でも食って生きているような感じだ。妖怪じみている。ああ、胸がわるい。 ――そんなにわざわざ蒼い顔して見せなくたっていいのよ。ねえ、プロや。おまえの悪口言ってるのよ。吠えて、おやり。わん、と言って吠えておやり。 ――よせ、よせ。おま・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・自分はとても生きて還ることはおぼつかないという気がはげしく胸を衝いた。この病、この脚気、たといこの病は治ったにしても戦場は大なる牢獄である。いかにもがいても焦ってもこの大なる牢獄から脱することはできぬ。得利寺で戦死した兵士がその以前かれに向・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授は、世界漫遊の生きた体験にも似た活気をもって充たされるだろう。そして地図上のただの線でも、そこの実景を眼の当りに経験すれば、それまでとはまる・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 悼ましい追憶に生きている爺さんの濁ったような目にはまだ興奮の色があった。「まるで活動写真みたようなお話ね。」上さんが、奥の間で、子供を寝かしつけていながら言い出した。「へえ……これア飛んだ長話をしまして……。」やがて爺さんは立・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・人間夢を見ずに生きていられるものでない。――その時節は必ず来る。無論それが終局ではない、人類のあらん限り新局面は開けてやまぬものである。しかしながら一刹那でも人類の歴史がこの詩的高調、このエクスタシーの刹那に達するを得ば、長い長い旅の辛苦も・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・彼の存在は既に生きている時から誰にも認められていなかったのだ。 その時分、踊子たちの話によると、家もあった、おかみさんもあった。家は馬道辺で二階を人に貸して家賃の足しにしていた。おかみさんはまだ婆さんというほどではなく、案外垢抜けのした・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・赤が居ないから盗まれたと考えた。赤が生きて居たら屹度吠えたに相違ないと思った。そうして彼は赤を殺して畢ったことが心外で胸が一しきり一杯にこみあげて来た。彼は強いて眼を瞑った。威勢がよくて人なつこかった赤の動作がそれからそれと目に映って仕方が・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・吾人がこの輪廓の中味を充じゅうじんするために生きているのでない事は明かである。吾人の活力発展の内容が、自然にこの輪廓を描いた時、始めて自然主義に意義が生ずるのである。 一般の世間は自然主義を嫌っている。自然主義者はこれを永久の真理の如く・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・それは一面に純なる生きた日本語の発展を妨げたともいい得るであろう。しかし一面には我々の国語の自在性というものを考えることもできる。私は復古癖の人のように、徒らに言語の純粋性を主張して、強いて古き言語や語法によって今日の思想を言い表そうとする・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
出典:青空文庫