・・・保護する道徳の教えも、貴重は則ち貴重なれども、更に貴重なる公務には叶わぬものなりとて、既に公務に対して卑屈の習慣を養成し、次いで年齢に及びて人間社会の一人となり、戸外公共の事務を取扱うの身分となれば、生来の習慣忽ち活動し、公は以て私を束縛す・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・山国の人は海を見て悦び、海辺の人は山を見て楽しむ。生来、その耳目に慣れずして奇異なればなり。而してそのこれを悦び、これを楽しむの情は、その慣れざるのはなはだしきにしたがってますます切にして、往々判断の明識を失う者多し。仏蘭西の南部は葡萄の名・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・勇吉達は生来の働きてだから、もち論身体の弱い野良仕事にも出られないような若者を家に入れるはずはない。充分野良のかせぎは出来て、厄介な、一年二年兵隊にとられることだけは免れそうな若者という念の入った婿選びをした――簡単にいえば、清二という若者・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 親たちの日常生活は勤労階級の生活でなく、母親は若い頃からの文学的欲求や生来の情熱を、自分独特の型で、些か金が出来るにつれ、その重みも加えて突張って暮して来た。社会の実際とは遠くあった。弘道会という今日では全く反動的な会へ、自分の父親が・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・真柄さんは獄中の事実を書く時、生来の陽気性と親ゆずりの鈍感性のため、獄中生活が一生を左右する程のききめをもたなかったから、さも親しそうに監獄の生活について話せると云っておられるが、全文に微妙な神経質さ、嫌悪、その反動としての皮肉的語気が仄見・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・亮子という溌剌として生来の生活力を豊富に蔵した若い女を通じて、きまりきった「三方に仕切った舞台のような」枠の内での生活に対する本能的な嫌悪を語っている。又、彼女の兄である小説家伴三の作家的日暮しの姿を批判して「小説ってそんなものかしら」「兄・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・に書かれているまでのアグネス・スメドレーは、不屈な闘志と生来の潔白な人間的欲求と共に熱病的な矛盾と自然発生的な手さぐりな、しかし熱烈な生きかたとを展開しているのである。「女一人大地を行く」が書かれてから既に十年近い月日が経った。スメドレ・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・此の潜める生来の彼の高貴な稟性は、終に彼の文学から我が文学史上に於て曾て何者も現し得なかった智的感覚を初めて高く光耀させ得た事実をわれわれは発見する。かくしてそれは、清少納言の官能的表徴よりも遥に優れた象徴的感覚表徴となって現れた。それは彼・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・あるいは、つかねばならぬ。生来の芸術家はこの種の人である。いかに平民主義が栄えても、天与の才に対する尊敬の念は失わるべきでない。――この点を明らかにするのが第一の任務である。 一般民衆が圧抑に対する反動をもって動くときには、ともすれば群・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・ もし初めからこの両者のいずれをも正しく味わい得る人があるとすれば、その人の眼は生来自由に度を変更し得る天才的な活眼である。誰でもがそういう活眼を持つというわけには行かない。通例は何らかの仕方で度の合わせ方を先人から習う。それを自覚的に・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫