・・・嬉しや日が当ると思えば、角ぐむ蘆に交り、生茂る根笹を分けて、さびしく石楠花が咲くのであった。 奥の道は、いよいよ深きにつけて、空は弥が上に曇った。けれども、志す平泉に着いた時は、幸いに雨はなかった。 そのかわり、俥に寒い風が添ったの・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ 長屋は追々まばらになって、道もややひろく、その両側を流れる溝の水に石橋をわたし、生茂る竹むらをそのままの垣にした閑雅な門構の家がつづき出す。わたくしはかつてそれらの中の一構が、有名な料理屋田川屋の跡だとかいうはなしを聞いたことがあった・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・対岸は土地がいかにも低いらしく、生茂る蘆より外には、樹木も屋根も電柱も見えない。此方の岸から水の真中へかけて、草も木もない黄色の禿山が、曇った空に聳えて眺望を遮っている。今まで荷船の輻湊した狭い堀割の光景に馴らされていた眼には、突然濁った黄・・・ 永井荷風 「放水路」
出典:青空文庫