・・・ 小町 黒い方が立派ですよ。男らしい気がしますもの。 使 しかしこの耳は気味が悪いでしょう。 小町 あら、可愛いではありませんか? ちょいとわたしに触らして下さい。わたしは兎が大好きなのですから。(使の兎の耳を玩弄もっとこっちへ・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・クララは許婚の仲であるくせに、そしてこの青年の男らしい強さを尊敬しているくせに、その愛をおとなしく受けようとはしなかったのだ。クララは夢の中にありながら生れ落ちるとから神に献げられていたような不思議な自分の運命を思いやった。晩かれ早かれ生み・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・沢本さんは男らしい、正直な生蕃さんね。あなたとはずいぶん口喧嘩をしましたが、奥さんができたらずいぶんかわいがるでしょうね、そうしてお子さんもたくさんできるわ。そうして物干し竿におしめがにぎやかに並びますわ。青島さんは花田さんといっしょに会を・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・生命の続く限りの男らしい活動である。二週日にして予は札幌を去った。札幌を去って小樽に来た。小樽に来て初めて真に新開地的な、真に植民的精神の溢るる男らしい活動を見た。男らしい活動が風を起す、その風がすなわち自由の空気である。 内地の大都会・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 日和下駄カラカラと予の先きに三人の女客が歩き出した。男らしい客が四五人又後から出た。一寸時計を見ると九時二十分になる。改札口を出るまでは躊躇せず急いで出たが、夜は意外に暗い。パッタリと闇夜に突当って予は直ぐには行くべき道に践み出しかね・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・金さんの話で見りゃなかなか大したものだ、いわば世界中の海を跨にかけた男らしい為事で、端月給を取って上役にピョコピョコ頭を下げてるような勤人よりか、どのくらい亭主に持って肩身が広いか知れやしねえ」「本当にね、私もそう思うのさ。第一気楽じゃ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・脱走よりは男らしいよ」「えっ? 本まか?」 赤井は思わず白崎の横顔を覗きこんだ。「本まや」 と、白崎も大阪弁をつかって、微笑した。「――あの蓄音機は、士官学校を出て軍人を職業として選んだというただそれだけのことを、特権と・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 母は大喜びに喜こびまして、家に帰えるやすぐと祖母にこのことを吹聴しましたところが祖母は笑いながら、『男は剣難の方がまだ男らしいじゃないか、この児は色が白うて弱々しいからそれで卜者から女難があると言われたのじゃ、けれども今から女難も・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 布施は髪を見事に分けていた。男らしいうちにも愛嬌のある物の言振で、「私は中学校に居る時代から原先生のものを愛読しました」「この布施君は永田君に習った人なんです」と相川は原の方を向いて言った。「永田君に?」と原は可懐しそうに。・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・僕は、友人にも時たまそれを指摘されるのだが、よっぽど、ひがみ根性の強い男らしい。ことに、八年前ある事情で生家から離れ、自分ひとりで、極貧に近いその日暮しをはじめるようになってからは、いっそう、ひがみも強くなった様子である。ひとに侮辱をされは・・・ 太宰治 「水仙」
出典:青空文庫