・・・我々にとって、すべてあると云う事は、畢竟するにただあると信ずる事にすぎないではないか。 イェエツは、「ケルトの薄明り」の中で、ジル湖上の子供たちが、青と白との衣を着たプロテスタント派の少女を、昔ながらの聖母マリアだと信じて、疑わなかった・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・刊本では、『夢想兵衛』と『八犬伝』とがあった。畢竟するに戯作が好きではなかったが、馬琴に限って愛読して筆写の労をさえ惜しまず、『八犬伝』の如き浩澣のものを、さして買書家でもないのに長期にわたって出版の都度々々購読するを忘れなかったというは、・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・かつこの猿芝居は畢竟するに条約改正のための外人に対する機嫌取であるのが誰にも看取されたので、かくの如きは国家を辱かしめ国威を傷つける自卑自屈であるという猛烈なる保守的反動を生じた。折から閣員の一人隈山子爵が海外から帰朝してこの猿芝居的欧化政・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・科学者の組み立てた科学的系統は畢竟するに人間の頭脳の中に築き上げ造り出した建築物製作品であって、現実その物でない事は哲学者をまたずとも明白な事である。また一方において芸術家の製作物はいかに空想的のものでもある意味において皆現実の表現であって・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民と言う可きなれども、扨その内実を窺えば此野民決して野ならず、品行清潔にして堅固なること金石の如くなる者多きは何ぞや。畢竟するに其気品高尚にして性慾以上に位す・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・が、却て身辺の大事を忘却して自身の病に医を択ぶの法を知らず、老人小児を看病して其方法を誤り、甚しきは手相家相九星八卦等、あられもせぬ事に苦労して禍福を祈るが如き、世間に其例少なからざるを見て知る可し。畢竟するに無学迷信の罪と言うの外なし。左・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・社会事情が変遷するにつれ、その文壇というものが、文学的分野で全く特殊な場所となって来た有様についてくどい説明は今日必要ないが、作家が大衆の日常生活とはなれ所謂文壇内の存在化して来る程度とその速度とは、畢竟するに、日本の現代文化の深刻な分裂の・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
出典:青空文庫