・・・予期した事が実現されたようでもあるし、自分の疑心で迎えてU氏の言葉を聞違えたようにも思って、「ホントウですか、」と反問すると、「ホントウとも、ホントウとも、」とU氏は早口に点頭いて、「ホントウだから困ってしまった。」 U氏が最初から・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・金儲けと財産だけしか頭にない嚊の親や、兄弟が、どんな疑心を僕に対して起すかは、云わずとも知れた話である。スパイは、僕等の結婚や、お祝いごとまでも妨害するのだ。僕は、若し、いつか親爺が死んだら、子として、親爺の霊を弔わなければならない。子とし・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・火事は一夜で燃え尽しても、火事場の騒ぎは、一夜で終るどころか、人と人との間の疑心、悪罵、奔走、駈引きは、そののち永く、ごたついて尾を引き、人の心を、生涯とりかえしつかぬ程に歪曲させてしまうものであります。この、前代未聞の女同士の決闘も、とに・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫