・・・そしておそらく古い昔から実質的には今と同じ状態がなんべんとなく少しずつちがった形式で繰り返されながら、あらゆる異種の要素がおのずから消化され同化され、無秩序の混乱から統整の固有文化が発育して来ると、たとえだれがどんなに骨を折ってみても、日本・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・帰りの電車に揺られながらも、この一団のきたない粘土の死塊が陶工の手にかかるとまるで生き物のように生長し発育して行く不思議な光景を幾度となく頭の中で繰り返し繰り返し思い起こしては感嘆するのであった。 人間その他多くの動物の胚子は始めは球形・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・いちばん延び過ぎた所から始めるという植物の発育を本位に置いた考案もあった。こんな事にまで現代ふうの見方を持って来るとすれば、ともかくも科学的に能率をよくするために前にあげた第一の要求を満たす方法を選んだほうがよさそうに思われた。能率を論ずる・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・稲の正当な発育には一定量の日照並びに気温の積分的作用が必要であって、これが不足すれば必ず凶作が来る。それで年の豊凶を予察するには結局その年の七、八月における気温や日照の積分額を年の初めに予知することが出来れば少なくも大体の見当はつくというこ・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・日本の詩人や文学者は、動物のやうに感覚がよく発育して居る。どんな深遠な美の秘密でさへも、いやしくも感覚される限りに於て、すぐに本質を嗅ぎつけてしまふ。彼等は全く動物の叡智を持つてる。その不可思議な独特の叡智によつて、彼等はボードレエルを嗅ぎ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・むしろ彼は発育の不十分な、病身で内気で、たとい女のほうから言い寄られたにしても、嫌悪の感を抱くくらいな少年であった。器械体操では、金棒に尻上がりもできないし、木馬はその半分のところまでも届かないほどの弱々しさであった。 安岡は、次から次・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・夏中一つも実らなかった南瓜が、その発育不十分な、他の十分の一もないような小さな葉を、青々と茂らせて、それにふさわしい朝顔位の花をたくさんつけて、せい一杯の努力をしている。もう九月だのに。種の保存本能!―― 私は高い窓の鉄棒に掴まりながら・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・娘の子なるゆえにとて自宅に居ても衣裳に心を用い、衣裳の美なるが故に其破れ汚れんことを恐れ、自然に運動を節して自然に身体の発育を妨ぐるの弊あり。大なる心得違なり。小児遊戯の年齢には粗衣粗服、破れても汚れても苦しからぬものを着せて、唯活溌の運動・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・陶するこそ、徳育の本意なるべきに、全編の文面を概すれば、むしろ心理学の解釈とも名づくべきものにして、読者をしておよそ人心の働を知り、その運動の様を了解せしむるには足るべしといえども、これによりて徳心の発育を促すの効用いかんにおいては、いささ・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・その公徳をして堅固ならしめんとするには、根本を私徳の発育に取らざるべからず。即ち国の本は家にあり。良家の集まる者は良国にして、国力の由って以て発生する源は、単に家にあって存すること、更に疑うべきにあらず。然り而してその家の私徳なるものは、親・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫