・・・ 帳場は妻のさし出す白湯の茶碗を受けはしたがそのまま飲まずに蓆の上に置いた。そしてむずかしい言葉で昨夜の契約書の内容をいい聞かし初めた。小作料は三年ごとに書換えの一反歩二円二十銭である事、滞納には年二割五分の利子を付する事、村税は小作に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ああ、娘は、茶碗を白湯に汲みかえて、熊の胆をくれたのである。 私は、じっと視て、そしてのんだ。 栃の餅を包んで差寄せた。「堅くなりましょうけれど、……あの、もう二度とお通りにはなりません。こんな山奥の、おはなしばかり、お土産に。――・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ただ白湯を打かけてザクザク流し込むのだが、それが如何にも美味そうであった。 お源は亭主のこの所為に気を呑れて黙って見ていたが山盛五六杯食って、未だ止めそうもないので呆れもし、可笑くもなり「お前さんそんなにお腹が空いたの」 磯は更・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・野袴の法師が旅や春の風陽炎や簣に土をめつる人奈良道や当帰畠の花一木畑打や法三章の札のもと巫女町によき衣すます卯月かな更衣印籠買ひに所化二人床涼み笠著連歌の戻りかな秋立つや白湯香しき施薬院秋立つや何に驚く陰陽・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・昼になると、小使いがゴザの外のじかにペタリと廊下へ弁当を置き、白湯の椀を置いた。弁当から二尺と隔らないところに看守の泥靴がある。 保護室があいた。見ると、今野大力が洋服のまま、体を左右にふるような歩きつきで出て来、こっちへ向って色の・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫