・・・鯨の餌食となり、雀が鷹の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、まだ幾万年しかへていない人間社会にあって、つねに弱肉強食の修羅場を演じ、多数の弱者が直接・間接に生存競争の犠牲となるのは、目下のところやむをえぬ現象で、天寿をまっ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 鰯が鯨の餌食となり、雀が鷹の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、尚だ幾万年しか経ない人間社会に在って、常に弱肉強食の修羅場を演じ、多数の弱者が直接・間接に生存競争の犠牲となるのは、目下の所は已むを得ぬ現象で、天寿を全くし・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・「あのかたは、お小さいときからひとり変って居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった」 私は立ったまま泣いていた。けわしい興奮が、涙で、まるで気持よく溶け去ってしまうのだ。 負けた。これは、いいことだ。そうなければ、い・・・ 太宰治 「黄金風景」
あなたは文藝春秋九月号に私への悪口を書いて居られる。「前略。――なるほど、道化の華の方が作者の生活や文学観を一杯に盛っているが、私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった。」 おたがいに・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・飛行機から爆弾を投下する光景や繋留気球が燃え落ちる場面があるというので自分の目下の研究の参考までにと見に行ったのが「ウィング」であった。それから後、象の大群が見られるというので「チャング」を見、アフリカの大自然があるというので「ザンバ」を見・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・すなわち当面の問題に多少の関係さえあれば、これが如何に目下の研究に縁が遠くまた如何に古くまた無価値ないしは全然間違ったものでも無差別無批評に列挙するという風の傾向を生じる事もある。この傾向は例えばドイツの物理学者などの中にしばしば見受ける所・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・最近にある友人の趣味に少しかぶれて植物界への注意が復活しかけたのと、もう一つには自分の目下の研究の領域が偶然に植物生理学の領域と接触し始めたために、この好機会を利用して少しばかりこの方面の観察をしようと思ったので、まず第一の参考として牧野氏・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・例えば、日大の学生がその母と妹とに殺された事件、玉の井の溝からばらばらに切り放された死人の腕や脚が出た事などは今だに人の記憶しているくらいで、そう毎日起る事件ではない。目下いずこの停車場の新聞売場にも並べられている小新聞を見ると、拙劣鄙褻な・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・ すると、重吉は問題の方向を変えて、目下の経済事情が、とうてい暖かい家庭を物質的に形づくるほどの余裕をもっていないから、しばらくのあいだひとりでしんぼうするつもりでいたのだという弁解をしたうえ、最初の約束によれば、ことしの暮れには月給が・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ そこで現今日本の社会状態と云うものはどうかと考えてみると目下非常な勢いで変化しつつある。それに伴れて我々の内面生活と云うものもまた、刻々と非常な勢いで変りつつある。瞬時の休息なく運転しつつ進んでいる。だから今日の社会状態と、二十年前、・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫