・・・僕は、周囲の平凡な真ん中で、戦争当時の狂熱に接する様な気がした。「大石軍曹は」と、友人はまた元の寂しい平凡に帰って、「その行くえが他の死者と同じ様に六カ月間分らなんだ、独立家屋のさきで倒れとったんを見た云うもんもあったそうやし、もッとさ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・おまえが騒ぎ狂いたいと思ったなら、高い山の頂へでも打衝るがいい、それでなければ、夜になってから、だれもいない海の真ん中で波を相手に戦うがいい。もうこの小さな木の芽をいじめてくれるな。」と、太陽はいいました。 風は、太陽に向かって飛びつき・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ 母親は、子供を振り向いて、「人間が、岸では、釣りをしていますから、河の真ん中で遊ぶのですよ。そして、なんでも、ほかのものに、捕らえられそうになったら、できるだけの力を出して、跳ねるのです。」と、母親は教えました。 一日ましに、・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・やっと、日暮れ前に、一つの丸木橋を見いだしましたので、彼女は、喜んでその橋を渡りますと、木が朽ちていたとみえて、橋が真ん中からぽっきり二つに折れて、娘は水の中におぼれてしまいました。「死んでも、魂だけは、故郷に帰りたい。」と、死のまぎわ・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・そして、しんがりを注意深いBがんがつとめ、弱いものをば列の真ん中にいれて、長途の旅についたのであります。 冬へかけての旅は、烈しい北風に抗して進まなければならなかった。年とったがんは、みんなを引き連れているという責任を感じていました。同・・・ 小川未明 「がん」
・・・通る人々は、みんな笑って、「こりゃ不思議だ、あんな町の真ん中に電信柱が一本立っている。そして、あの屋根にいる男が、しきりと泣きながら拝んでいる。」といって、あっはははと笑っていると、そのうちに巡査がくる。さっそく妙な男は、盗賊とまち・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・亀屋で起きている者といえばこの座敷の真ん中で、差し向かいで話している二人の客ばかりである。戸外は風雨の声いかにもすさまじく、雨戸が絶えず鳴っていた。『この模様では明日のお立ちは無理ですぜ。』と一人が相手の顔を見て言った。これは六番の・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・筒の底には紙が張ってあって、長い青糸が真ん中を繋いでいる。勧工場で買ったのだそうである。章坊は片方の筒を自分に持たせて、しばらく何かしら言って、「ね、解ったでしょう?」という。「ああ、解ったよ」といい加減に間を合わしておくと、「・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・そしてそのおなかの真ん中より少し下に梅の花の様なおへそが附いている。足といい、手といい、その美しいこと、可愛いこと、どうしても夢中になってしまう。どんな着物を着せようが、裸身の可愛さには及ばない。お湯からあげて着物を着せる時には、とても惜し・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・向い側に腰かけた中年の男の熟柿のような顔の真ん中に二つの鼻の孔が妙に大きく正面をにらんでいるのが気になった。上野で乗換えると乗客の人種が一変する。ここにも著しい異質の接触がある。 広小路の松坂屋へはいって見ると歳末日曜の人出で言葉通り身・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
出典:青空文庫