・・・志村から浦和まではやはり地図にない立派な道路が真直ぐに通っている。この辺の昔のままの荒川沿いの景色がこうしたモダーンな道路をドライヴしながら見ると、昔とはまた全く別な景色に見えるから妙である。道路が魔法師の杖のように自然を変化させるのである・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ここから元来た道を交番所の前まであるいてここから曲らずに真直ぐに行くとまた踏切を越えねばならぬ。琴の音はもうついて来ぬ。森の中でつくつくほうしがゆるやかに鳴いて、日陰だから人が蝙蝠傘を阿弥陀にさしてゆる/\あるく。山の上には人が沢山停車場か・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・そして再び隊を作った行列は真直ぐな大道をあちらの方へだんだんに遠ざかって行った。 銅色の太陽がもうよほど低く垂れ下がって、葉をふるった白樺の梢にぐるりぐるりと廻っているように見えた。その廻転が見ているうちにだんだんに速くなるように思われ・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・そりゃお前さんに真直ぐ云うよ。……だがあれもいい子になって来た。」 輝いた、たのしそうな微笑がグラフィーラの口元に漂った。「――そして私も独りもんじゃ暮したくない。でもね、ミーチャ、私は馬鹿で、あんたには追いつかないけれど、でもそん・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・雪の降らない暖国では樹木がこうも、さやさや軽く真直ぐ育つものか。かえりに京都へ寄り、急に思い立って大原へ行った。これはまた、何と低い新緑の茂み! 背の低い樹々が枝から枝へ連って山々、谿々を埋めている。寒い土地の初夏という紛れない感じで感歎し・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・いろいろな関係で一生がかわり、無限の喜びと無限の悲しみが隣り合せにあるから、私達が自分の人生を真直ぐ見立てて参ります時に、この人と人との関係、つまり社会の関係において、自分がどのように生きているかということを理解しなければならないと思います・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・ 私は、内にこもって来る感情で十銭銀貨を二つ、彼女が真直ぐに出した掌に置いた。 私は無器用に水色の紙テープで引くくった桃色と赤のスウィートピーの小さい花束を大事に持って帰って机の上にさした。〔一九二四年十月〕・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ ゴーリキイは真直ぐ、ニージュニへ帰った。そして月二留の家賃で或る家のひどい離家、というより棄てられた浴室を借り、オリガとその娘との三人暮しがはじめられた。 それにしても、パリへ二度もゆき、フランス小唄のうまい、美食家の「美しく、煙・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・そこで血尿の出るのを見つけて、慶応義塾大学病院へ電話をかけ、そのまま東京駅から真直ぐに小旅行の手鞄をもって入院した。父は休養のつもりであった。腎臓に結石のあることを診断した医師達も、そう急変が起りそうな条件は見出していなかった。六十九歳まで・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・考えてそれを真直ぐに言わずにいるには、黙ってしまうか、別に嘘を拵えて言わなくてはならない。それでは僕の立場がなくなってしまうのだ。」「しかしね、君、その君が言う為めに学問したと云うのは、歴史を書くことだろう。僕が画をかくように、怪物が土・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫