・・・ 反戦文学は、こゝに於て、戦争が何のために行われるか、その真相を曝露し、その真実を民衆に伝え、民衆をして奮起させるべきである。泥棒どもが、なお安全に、最も悪い泥棒制度を維持しようがためにやっていることを白日の下に曝す必要がある。 吾・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・て私どもの店に来ましたのは、昭和十九年の、春でしたか、とにかくその頃はまだ、対米英戦もそんなに負けいくさでは無く、いや、そろそろもう負けいくさになっていたのでしょうが、私たちにはそんな、実体、ですか、真相、ですか、そんなものはわからず、ここ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・一年、二年経つうちに、愚鈍の私にも、少しずつ事の真相が、わかって来た。人の噂に依れば、私は完全に狂人だったのである。しかも、生れたときからの狂人だったのである。それを知って、私は爾来、唖になった。人と逢いたくなくなった。何も言いたくなくなっ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・仙台平なんかじゃないんだ、と真相をぶちまけようかと思ったが怺えた。「滑稽じゃないかしら。」「かまわない。はいて行きたいのだ。」「だめですよ。」家内は、頑固であった。その仙台平なるものの思い出を大事にして、無闇に外に出して粗末にさ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・それじゃ僕はちょっと、あのチンピラの音楽団のほうへ行って、妹をつかまえて、事の真相を問いただしてみましょう。つまらない悪戯をしやがって。(言いながら気軽に上手風さらに強く吹く。歌声いよいよ近づく。もし、もし。風邪・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・の書物の内容も結局はモスコフスキーのアインシュタイン観であって、それを私が伝えるのだから、更に一層アインシュタインから遠くなってしまう、甚だ心細い訳である。しかし結局「人」の真相も相対性のものかもしれないから、もしそうだとすると、この一篇の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・の習俗の真相は伝わっていないが、もしかすると、これと一縷の縁を曳いているのではないかという空想も起し得られる。 唄合戦の揚句に激昂した恋敵の相手に刺された青年パーロの瀕死の臥床で「生命の息を吹込む」巫女の挙動も実に珍しい見物である。はじ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・事がらがごく最近に起こった場合でもその事がらの真相が伝えられることは存外むつかしいものである。たとえばマッキンレーが始めて大統領に選ばれたときに馬鈴薯の値段が暴騰したので、ウィスコンシンの農夫らはそれをこの選挙の結果に帰した。しかし実は産地・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・むしろ日常身辺の自分に最も親しい物質の世界の事柄を深く注目し静かに観察してその事柄の真相をつき止めようという人間本然の傾向を助長し発育させるのが第一の近道であろう。それの手始めには、例えば風呂場に一本の寒暖計を備えるのも一策である。そうして・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・人生社会の真相を透視する道も亦同情の外はない。観察の公平無私ならんことを希うのあまり、強いて冷静の態度を把持することは、却て臆断の過に陥りやすい。僕等は宗教家でもなければ道徳家でもない。人物を看るに当って必しも善悪邪正の判決を求めるものでは・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫