・・・向うが生身の人なら、語をかけるとか、眼で心意気を知らせるとか出来るんですが、そんな事をしたって、写真じゃね。」おまけに活動写真なんだ。肌身はなさずとも、行かなかった訳さ。「思い思われるって云いますがね。思われない人だって、思われるようにはし・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・は、お栄の耳にも明かに、茂作の容態の変った事を知らせる力があったのです。が、祖母は依然として、今は枕もとに泣き伏した女中の声も聞えないように、じっと眼をつぶっているのでした。…… 茂作もそれから十分ばかりの内に、とうとう息を引き取りまし・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・「お前がこの島に止まっていれば、姫の安否を知らせるのは、誰がほかに勤めるのじゃ? おれは一人でも不自由はせぬ。まして梶王と云う童がいる。――と云ってもまさか妬みなぞはすまいな? あれは便りのないみなし児じゃ。幼い島流しの俊寛じゃ。お前は・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・その病気の事を私は母上に知らせるのに忍びなかった。病児は病児で私を暫くも手放そうとはしなかった。お前達の母上からは私の無沙汰を責めて来た。私は遂に倒れた。病児と枕を並べて、今まで経験した事のない高熱の為めに呻き苦しまねばならなかった。私の仕・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。 尤も民子の思いは僕より深かったに相違な・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「あとから、こっちへとんでくるお友だちに知らせる目印にしたのかもしれませんね。それでなければ、あまり赤くてきれいな実だから、食べるのが惜しくてしまっておいたのかもしれません。そして、そのうちに忘れてしまって、どこかへ飛んでいってしまった・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・病人にはっきり肺病だと知らせるのを怖れて、ひそかにレッテルをとって、川那子薬をのませたという話もあった。 もって、その人気がわかる。みな、この広告のおかげ、つまりはおれの発案のおかげだったではないか。それと、もうひとつこれもおれの智慧だ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 三 ある日、空は早春を告げ知らせるような大雪を降らした。 朝、寝床のなかで行一は雪解の滴がトタン屋根を忙しくたたくのを聞いた。 窓の戸を繰ると、あらたかな日の光が部屋一杯に射し込んだ。まぶしい世界だ。厚く雪・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・だからこういう事をお前に知らせるのは私に取って得なことではないけれども、わたしがそれだけの事を彼処に対してしてあるのだから、それが解ったらわたしに其処を譲ってくれても宜いだろう。お前の竿では其処に坐っていても別に甲斐があるものでもないし、か・・・ 幸田露伴 「蘆声」
弟が面会に行くとき、今度の事件のことをお前に知らせるようにと云ってやった。 差入のことや家のことや色々なことを云った後で、弟は片方の眼だけを何べんもパチ/\させながら、「故里の方はとても吹雪いているんだって。」と云った・・・ 小林多喜二 「母たち」
出典:青空文庫