・・・わたしは大正十二年に「たとい玉は砕けても、瓦は砕けない」と云うことを書いた。この確信は今日でも未だに少しも揺がずにいる。 又 打ち下ろすハンマアのリズムを聞け。あのリズムの存する限り、芸術は永遠に滅びないであろう。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかもその沢蟹はもう一匹の沢蟹を、――甲羅の半ば砕けかかったもう一匹の沢蟹をじりじり引きずって行くところなのです。僕はいつかクロポトキンの相互扶助論の中にあった蟹の話を思い出しました。クロポトキンの教えるところによれば、いつも蟹は怪我をした・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・そしてそれらの棚の上にうんざりと積んであった牛乳瓶は、思ったよりもけたたましい音を立てて、壊れたり砕けたりしながら山盛りになって地面に散らばった。 その物音には彼もさすがにぎょっとしたくらいだった。子供はと見ると、もう車から七、八間のと・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ この光、ただに身に添うばかりでなく、土に砕け、宙に飛んで、翠の蝶の舞うばかり、目に遮るものは、臼も、桶も、皆これ青貝摺の器に斉い。 一足進むと、歩くに連れ、身の動くに従うて、颯と揺れ、溌と散って、星一ツ一ツ鳴るかとばかり、白銀黄金・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・めったに使ったことのない、大俵の炭をぶちまけたように髻が砕けて、黒髪が散りかかる雪に敷いた。媼が伸上り、じろりと視て、「天人のような婦やな、羽衣を剥け、剥け。」と言う。襟も袖も引きむしる、と白い優しい肩から脇の下まで仰向けに露われ、乳へ膝を・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・と初めから砕けて一見旧知の如くであった。 その晩はドンナ話をしたか忘れてしまったが、十時頃まで話し込んだ。学生風なのはその頃マダ在学中の三木竹二で、兄弟して款待されたが、三木君は余り口を開かなかった。 鴎外はドチラかというとクロ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・そして、岩に砕けては、白い泡が立ち上っています。月が雲間から洩れて波の面を照らした時は、まことに気味悪うございました。 真暗な、星も見えない、雨の降る晩に、波の上から、蝋燭の光りが、漂って、だんだん高く登って、山の上のお宮をさして、ちら・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・そして、岩に砕けては、白いあわが立ち上がっています。月が、雲間からもれて波の面を照らしたときは、まことに気味悪うございました。 真っ暗な、星もみえない、雨の降る晩に、波の上から、赤いろうそくの灯が、漂って、だんだん高く登って、いつしか山・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ら――という手紙一本あったきりで其後消息の無い細君のこと、細君のつれて行った二女のこと、また常陸の磯原へ避暑に行ってるKのこと、――Kからは今朝も、二ツ島という小松の茂ったそこの磯近くの巌に、白い波の砕けている風景の絵葉書が来たのだ。それに・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・干潮で荒い浪が月光に砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草をつけながら漁船のともに腰を下して海を眺めていました。夜はもうかなり更けていました。 しばらくして私が眼を砂浜の方に転じましたとき、私は砂浜に私以外のもう一人の人を発見・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
出典:青空文庫