・・・殊に万事が完ってから、泣き伏しているあの女を、無理に抱き起した時などは、袈裟は破廉恥の己よりも、より破廉恥な女に見えた。乱れた髪のかかりと云い、汗ばんだ顔の化粧と云い、一つとしてあの女の心と体との醜さを示していないものはない。もしそれまでの・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ * 我我の悲劇は年少の為、或は訓練の足りない為、まだ良心を捉え得ぬ前に、破廉恥漢の非難を受けることである。 我我の喜劇は年少の為、或は訓練の足りない為、破廉恥漢の非難を受けた後に、やっと良心を捉えることである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・どう考えたっておとよさんは人の妻だ、ぬしある人だ、人の妻を思うとは何事だ、ばかめ破廉恥め、そんな事ができるか、ああいやだ、けれどおとよさんはどこまでも悪い人ではない、憎い女ではない、憎いどころではない、おとよさんのような女でそうしてあんなに・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・と、U氏はYの悔悛に多少の同情を寄せていたが、それには違いなくても主人なり恩師なりの眼を掠めてその最愛の夫人の道ならぬ遊戯のオモチャになったYの破廉恥を私は憤らずにはいられなかった。Yは私の門生でも何でもなかった。が、日夕親しく出入して・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・星光にすかしてこれを見た時、その時自分は全たく夢ではないかと思っただけで、それを自分が届け出るとか、横奪することが破廉恥の極だとか、そういうことを考えることは出来なかった。 ただ手短かに天の賜と思った。 不思議なもので一度、良心の力・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・しこ、はまゆう、椿、などの、ちょいと、ちょいとの手招きと変らぬ早春コント集の一篇たるべき運命の不文、知りつつも濁酒三合を得たくて、ペン百貫の杖よりも重き思い、しのびつつ、ようやく六枚、あきらかにこれ、破廉恥の市井売文の徒、あさましとも、はず・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・もとの女中と、新橋駅で逢うということが、いやらしく下品に感じられてならなかった。破廉恥であると思った。不倫でさえあると考えた。行こうか行くまいか、さんざ迷った。行くことにきめた。約束を平気で破れるほど、そんなに強い男爵ではなかった。 九・・・ 太宰治 「花燭」
・・・衰亡のクラスにふさわしき破廉恥、頽廃の法をえらんだ。ひとりでも多くのものに審判させ嘲笑させ悪罵させたい心からであった。有夫の婦人と情死を図ったのである。私、二十二歳。女、十九歳。師走、酷寒の夜半、女はコオトを着たまま、私もマントを脱がずに、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私は私の過去に犯した大罪を、しらじらしく、小説に組みたてて行くほどの、まだそれほどの破廉恥漢ではない。以下、私は、祈りの気持で、懺悔の心で、すべてをいつわらずに述べてみよう。 私が雪を殺したのは、すべて虚栄の心からである。その夜、私たち・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・しかし、私も若干馬齢を加えるに及び、そのような風変りの位置が、一個の男児としてどのように不面目、破廉恥なものであるかに気づいていたたまらなくなりまして、「こぞの道徳いまいずこ」という題の、多少、分別顔の詩集を出版いたしましたところ、一ぺんで・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫