・・・ といと厳かに命じける。お貞は決する色ありて、「貴下、そ、そんなことを、私にいってもいいほどのことがあるんですか。」 声ふるわして屹と問いぬ。「うむ、ある。」 と確乎として、謂う時病者は傲然たりき。 お貞はかの女が時・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・それは、確乎たる存在である。 もし、それが詩人であったなら、また、他の芸術家であったなら、いずれでもいゝ固く自己の本領を守って、犯されずに、存在することが、力であるのだ。即ち、それが正義であるのだ。その存在は、たとえ、小さな火であっても・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・そしてとにかく彼は私なぞとは比較にならないほど確乎とした、緊張した、自信のある気持で活きているのだということが、私を羨ましく思わせたのだ。 私はまた彼の後について、下宿に帰ってきた。そして晩飯の御馳走になった。私は主人からひどく叱られた・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・こういう次第で心内には一も確固不動の根柢が生じない。不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙する勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・私は小説というものを間違って考えているのであろうか、と思案にくれて、いや、そうで無いと打ち消してみても、さて、自分に自信をつける特筆大書の想念が浮ばぬ。確乎たる言葉が無いのだ。のどまで出かかっているような気がしながら、なんだか、わからぬ。私・・・ 太宰治 「鴎」
・・・殿様が、御自分の腕前に確乎不動の自信を持っていたならば、なんの異変も起らず、すべてが平和であったのかも知れぬが、古来、天才は自分の真価を知ること甚だうといものだそうである。自分の力が信じられぬ。そこに天才の煩悶と、深い祈りがあるのであろうが・・・ 太宰治 「水仙」
・・・私は、そのときは、自分自身を落ちついている、と思っていた。確乎たる自信が、あって、もっともらしい顔をして、おごそかな声で、そう言ったつもりなのであるが、いま考えてみると、どうしても普通でない。謂わば、泰然と腰を抜かしている類かも知れなかった・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・しかしこの問題については、わたくしは確乎とした考を持っていない。今日に至るまでこれを思考することができなかったとすれば、恐くは死に至るまで、わたくしは依然として呉下の旧阿蒙たるに過ぎぬであろう。 わたくしは思想と感情とにおいても、両なが・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・其所にその人の自信なり、確乎たる精神なりがある。その人を支配する権威があって初めてああいうことが出来るのである。だから親鸞上人は、一方じゃ人間全体の代表者かも知らんが、一方では著しき自己の代表者である。 今は古い例を挙げたが、今度はもっ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・一事に功を奏すれば、したがってまた一事に着手し、次第に進みてやむことなくば、政府の政は日に簡易に赴き、人民の政は月に繁盛をいたし、はじめて民権の確乎たるものをも定立するを得べきなり。余輩、つねに民権を主張し、人民の国政にかかわるべき議論を悦・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫