・・・ 武者修業 わたしは従来武者修業とは四方の剣客と手合せをし、武技を磨くものだと思っていた。が、今になって見ると、実は己ほど強いものの余り天下にいないことを発見する為にするものだった。――宮本武蔵伝読後。 ユウ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・麝香入の匂袋ででもある事か――坊は知るまい、女の膚身を湯で磨く……気取ったのは鶯のふんが入る、糠袋が、それでも、殊勝に、思わせぶりに、びしょびしょぶよぶよと濡れて出た。いずれ、身勝手な――病のために、女の生肝を取ろうとするような殿様だもの…・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・人格を磨くとは世の中をよくすることである。 人格という意味をかかる共同人間の意味に解するならば、人格主義はその独善性から公共に引き出され、社会活動がその内面性の堕落かの如き懸念から、解放されて社会的風貌を帯びて行くであろう。一方では「社・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 彼は真面目に、ペコペコ頭を下げ、靴を磨くことが、阿呆らしくなった。 少佐がどうして彼を従卒にしたか、それは、彼がスタイルのいい、好男子であったからであった。そのおかげで彼は打たれたことはなかった。しかし、彼は、なべて男が美しい女を好く・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・まして君なぞ既にいい腕になっているのだもの、いよいよ腕を磨くべしだネ。」 戦闘が開始されたようなものだ。「イヤ腕を磨くべきはもとよりだが、腕で芸術が出来るものではない。芸術は出来るもので、こしらえるものでは無さそうだ。君の方ではこし・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・でも食卓の周囲なぞは楽しくした方で、よくその食堂の隅のところに珈琲を研く道具を持出して、自分で煎ったやつをガリガリと研いたものだ。 香ばしい珈琲のにおいは、過去った方へ大塚さんの心を連れて行った。マルを膝に乗せて、その食卓に対い合ってい・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・歯も綺麗に磨く。足の爪も、手の爪も、ちゃんと切っている。毎日、風呂へはいって、髪を洗い、耳の中も、よく掃除して置く。鼻毛なんかは、一分も伸ばさぬ。眼の少し疲れた時には、眼薬を一滴、眼の中に落して、潤いを持たせる。 純白のさらし木綿を一反・・・ 太宰治 「新郎」
・・・諸君、我々は人格を研くことを怠ってはならぬ。 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・時には壁から卸して磨くかとウィリアムに問えば否と云う。霊の盾は磨かねども光るとウィリアムは独り語の様に云う。 盾の真中が五寸ばかりの円を描いて浮き上る。これには怖ろしき夜叉の顔が隙間もなく鋳出されている。その顔は長しえに天と地と中間にあ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 十 午時過ぎて二三時、昨夜の垢を流浄て、今夜の玉と磨くべき湯の時刻にもなッた。 おのおの思い思いのめかし道具を持参して、早や流しには三五人の裸美人が陣取ッていた。 浮世風呂に浮世の垢を流し合うように、別世界・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫