・・・俺はあのオオクションへ行った帰りに租界の並み木の下を歩いて行った。並み木の槐は花盛りだった。運河の水明りも美しかった。しかし――今はそんなことに恋々としている場合ではない。俺は昨夜もう少しで常子の横腹を蹴るところだった。……「十一月×日・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・こいつは上海の租界の外に堂々たる洋館を構えていたもんだ。細君は勿論、妾までも、………」「じゃあの女は芸者か何かかい?」「うん、玉蘭と言う芸者でね、あれでも黄の生きていた時には中々幅を利かしていたもんだよ。………」 譚は何か思い出・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・その頃には日本の租界はなかったので、領事館を始め、日本の会社や商店は大抵美租界の一隅にあった。唯横浜正金銀行と三井物産会社とが英租界の最も繁華な河岸通にあったのだという。 美租界と英租界との間に運河があって、虹口橋とか呼ばれた橋がかかっ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
出典:青空文庫