・・・汝たちが骨節は稼ぐようには造ってねえのか。親方には半文の借りもした覚えはねえからな、俺らその公事には乗んねえだ。汝先ず親方にべなって見べし。ここのがよりも欲にかかるべえに。……芸もねえ事に可愛くもねえ面つんだすなてば」 仁右衛門はまた笠・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 奴は、旧来た黍がらの痩せた地蔵の姿して、ずらりと立並ぶ径を見返り、「もっと町の方へ引越して、軒へ瓦斯燈でも点けるだよ、兄哥もそれだから稼ぐんだ。」「いいえ、私ゃ、何も今のくらしにどうこうと不足をいうんじゃないんだわ。私は我慢を・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・をこうやって曳きますが、何が、達者で、きれいで、安いという、三拍子も揃ったのが競争をいたしますのに、私のような腕車には、それこそお茶人か、よっぽど後生のよいお客でなければ、とても乗ってはくれませんで、稼ぐに追い着く貧乏なしとはいいまするが、・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・彼女はそれらのルンペン相手に稼ぐけちくさい売笑婦に過ぎない。ルンペンにもまたそれ相応の饗宴がある。ガード下の空地に茣蓙を敷き、ゴミ箱から漁って来た残飯を肴に泡盛や焼酎を飲んでさわぐのだが、たまたま懐の景気が良い時には、彼等は二銭か三銭の端た・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 柳吉に働きがないから、自然蝶子が稼ぐ順序で、さて二度の勤めに出る気もないとすれば、結局稼ぐ道はヤトナ芸者と相場が決っていた。もと北の新地にやはり芸者をしていたおきんという年増芸者が、今は高津に一軒構えてヤトナの周旋屋みたいなことをして・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・と溝にかけし小橋に注意して「けれども全く見えなくちゃアこんなところまで来て稼ぐわけにゆかんではないか」「稼ぐのならようございますが流がすので……」「お前どこだイ、生まれは」「生まれは西でございます、ヘイ」「私はお前をこの春、・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・要するに健康な人は死などという事を考える必要も無く、又暇も無いので、唯夢中になって稼ぐとか遊ぶとかしているのであろう。 余の如き長病人は死という事を考えだす様な機会にも度々出会い、又そういう事を考えるに適当した暇があるので、それ等の為に・・・ 正岡子規 「死後」
・・・けれどもそんなに稼ぐのも、やっぱり主人が偉いのだ。「おい、お前は時計は要らないか。」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめて斯う訊いた。「ぼくは時計は要らないよ。」象がわらって返事した。「ま・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・そこには頑固親父のために心ならずわかれている素一とゆり子との心持もからみあいつつすべての個人生活の懊悩も経済上の逼迫も、その組合の工場で稼ぐことで解決の方向におかれたことが物語られているのである。 薄田研二の久作は、久作という人物の切な・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・購買力が高まり、読書する人の層が全く従来の範囲から溢れて来ていることも明白で、そのことはとりも直さず、自分の腕で、自分でつかっていい金を稼ぐ若い男女の増大を示している。そしてこのことは、若い女性の生活にある種々の問題が、これまでより一層めい・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
出典:青空文庫