・・・東京へ帰れば、自分の庭にもそれより大きないちじくの樹があって、子供はいつもこッそりそのもとに行って、果の青いうちから、竹竿をもってそれをたたき落すのだが、妻がその音を聴きつけては、急いで出て来て、子供をしかり飛ばす。そんな時には「お父さん」・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・鉄工所の人は小さなランチヘ波の凌ぎに長い竹竿を用意して荒天のなかを救助に向かった。しかし現場へ行って見ても小さなランチは波に揉まれるばかりで結局かえって邪魔をしに行ったようなことになってしまった。働いたのは島の海女で、激浪のなかを潜っては屍・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ 「だが旦那、ただの竹竿が潮の中をころがって行くのとは違った調子があるので、釣竿のように思えるのですネ。」 吉は客の心に幾らでも何かの興味を与えたいと思っていた時ですから、舟を動かしてその変なものが出た方に向ける。 「ナニ、そん・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・天井から竹竿で突張った鉋のようなものでごしりごしりと刻んでいるのが往来から見えていた。考えてみると実に原始的なもので、おそらく煙草の伝来以来そのままの器械であったろうと思われる。 農夫などにはまだ燧袋で火を切り出しているのがあった。それ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・茂った竹藪や木立の蔭なぞに古びた小家の続く場末の町の小径を歩いて行く時、自分はふいと半ば枯れかかった杉垣の間から、少しばかり草花を植えた小庭の竹竿に、女の浴衣が一枚干し忘れられたように下っているのを目にした。 下町でも特別の土地へ行かね・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ ○天井の竹竿には、下絵をつけた亀の子の絵が幾枚もかさねてかけてある。 ○大きな机には赤く古ぼけた毛氈がしいてある。竹の筆づつには、ほしかたまったのや、穂の抜けたのや沢山の絵筆がささって居る。 ○弘法様が信心なそうな。・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫