・・・きっと、ソ連側だからだろう、などと笑いあったが、魚にそれぞれ好みの色のあるのは疑えない。ボラなども、赤いものなら、風船でも、布でも、なんでもよい。これもエサはいらず、赤に寄って来たところを引っかけてあげるのである。ドンコ ド・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・と、吉里も笑いかけた。「戯言は戯言だが、さッきから大分紛雑てるじゃアないか。あんまり疳癪を発さないがいいよ」「だッて。ね、そら……」と、吉里は眼に物を言わせ、「だもの、ちッたあ疳癪も発りまさアね」「そうかい。来てるのかい、富沢町・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・凡そ男女交際の清濁は其気品の如何に関することにして、例えば支那主義の眼を以て見れば、西洋諸国の貴女紳士が共に談じ共に笑い、同所に浴こそせざれ同席同食、物を授受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ほんに世の中の人々は、一寸した一言をいうては泣き合ったり、笑い合ったりするもので、己のように手の指から血を出して七重に釘付にせられた門の扉を叩くのではない。一体己は人生というものについて何を知っているのだろう。なるほどどうやら己も一生という・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・今日もまた例の画がかいてあったとその内の人が笑いながら話すのを僕が聞いたのも度々であった。その時の幼い滑稽絵師が今の為山君である。○僕に絵が画けるなら俳句なんかやめてしまう。〔『ホトトギス』第三巻第五号 明治33・3・10〕・・・ 正岡子規 「画」
・・・ 二疋の蟻の子供らが、手をひいて、何かひどく笑いながらやって来ました。そしてにわかに向こうの楢の木の下を見てびっくりして立ちどまります。「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」「家じゃない山だ」「昨日はなか・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ 笑い話で、その時は帰ったが、陽子は思い切れず、到頭ふき子に手紙を出した。出入りの俥夫が知り合いで、その家を選定してくれたのであった。 陽子、弟の忠一、ふき子、三日ばかりして、どやどや下見に行った。大通りから一寸入った左側で、硝子が・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・例のマランダンがその戸口に立っていてかれの通るのを見るや笑いだした。なぜだろう。 かれはクリクトーのある百姓に話しかけると、話の半ばも聴かず、この百姓の胃のくぼみに酒が入っていたところで、かれに面と向けて『何だ大泥棒!』 そして・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・横田嘲笑いて、それは力瘤の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしからん、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・それを伺った時、わたくし最初は随分気違染みた事をなさると思って笑いましたの。それに人の思わくをお考えなさらないにも程があるとも思いましたの。そのくせわたくしとうとうおことわりは申さなかったのですね。そのおことわり申さないには、理由が二つござ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫