・・・ 彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・無心な子供に踏みあらされても、きびしい氷点下の寒さにさらされても、この粘り強い生命の根はしっかりと互いにからみ合って、母なる土の胸にしがみついている。そうして父なる太陽が赤道を北に越えて回帰線への旅を急ぐころになると、その帰りを予想する喜び・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ただ冷静で気永く粘り強い学者のために将来役に立つような資料を永続的系統的に供給することの出来るような、しかも政治界や経済界の動乱とは無関係に観測研究を永続させ得るような機関を設置することが大切であろう。 颱風が日本の国土に及ぼす影響・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・一つ音が粘り強い餅を引き千切ったように幾つにも割れてくる。割れたから縁が絶えたかと思うと細くなって、次の音に繋がる。繋がって太くなったかと思うと、また筆の穂のように自然と細くなる。――あの音はいやに伸びたり縮んだりするなと考えながら歩行くと・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・明治のロマンティック時代から作家生活を辿って来たこの粘り強い小説家が、云って見れば彼をもその波の下に置こうとするような時代の激しさに向い立って、勇猛心を動かされ、歴史と云うものを改めて見直す欲望から維新を背景とするこの長篇を書いたことは面白・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・これはよほど粘り強い、頑強な探求心のしわざである。もちろんそこにはわれわれの思いも及ばない旺盛な記憶力が伴なっているのではあろうが、しかし記憶力だけではかえって雑然としてまとまりがつかないであろう。雑多な記憶材料に一定の方向を与え、それを整・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫