・・・細川家の九曜の星と、板倉家の九曜の巴と衣類の紋所が似ているために、修理は、佐渡守を刺そうとして、誤って越中守を害したのである。以前、毛利主水正を、水野隼人正が斬ったのも、やはりこの人違いであった。殊に、手水所のような、うす暗い所では、こう云・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 碑の面の戒名は、信士とも信女とも、苔に埋れて見えないが、三つ蔦の紋所が、その葉の落ちたように寂しく顕われて、線香の消残った台石に――田沢氏――と仄に読まれた。「は、は、修行者のように言わっしゃる、御遠方からでがんすかの、東京からな・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ かつては六尺町の横町から流派の紋所をつけた柿色の包みを抱えて出て来た稽古通いの娘の姿を今は何処に求めようか。久堅町から編笠を冠って出て来る鳥追の三味線を何処に聞こうか。時代は変ったのだ。洗髪に黄楊の櫛をさした若い職人の女房が松の湯とか・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫