・・・そこにはもう赤錆のふいた亜鉛葺の納屋が一棟あった。納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏の女人像が一つあった。殊にその女人像は一面に埃におおわれたまま、ストオヴの前に横になっていた。「するとその肺病患者は・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・ 脊の伸びたのが枯交り、疎になって、蘆が続く……傍の木納屋、苫屋の袖には、しおらしく嫁菜の花が咲残る。……あの戸口には、羽衣を奪われた素裸の天女が、手鍋を提げて、その男のために苦労しそうにさえ思われた。「これなる松にうつくしき衣・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・米も塩も納屋にあるから、出してたべさしてもらわっしゃいよ。私はちょっと町まで托鉢 とそうおっしゃったきり、お前、草鞋を穿いてお出懸で、戻っておいでのようすもないもの。 摩耶さんは一所に居ておくれだし、私はまた摩耶さんと一所に居りゃ、・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・それへ久しぶりで不沙汰見舞に参りますと、狭い処へ一晩泊めてくれまして、翌日おひる過ぎ帰りがけに、貴方、納屋のわきにございます、柿を取って、土産を持って行きました風呂敷にそれを包んで、おばさん、詰らねえものを重くッても、持って行ッとくんなせえ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 清水から一坂上り口に、薪、漬もの桶、石臼なんどを投遣りにした物置の破納屋が、炭焼小屋に見えるまで、あたりは静に、人の往来はまるでない。 月の夜はこの納屋の屋根から霜になるであろう。その石臼に縋って、嫁菜の咲いたも可哀である。 ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・新しく建て増した柱立てのまま、筵がこいにしたのもあり、足場を組んだ処があり、材木を積んだ納屋もある。が、荒れた厩のようになって、落葉に埋もれた、一帯、脇本陣とでも言いそうな旧家が、いつか世が成金とか言った時代の景気につれて、桑も蚕も当たった・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 勿論、小春が送ろうと言ったが、さっきの今で、治兵衛坊主に対しても穏でない、と留めて、人目があるから、石屋が石を切った処、と心づもりの納屋の前を通る時、袂を振切る。…… お光が中くらいな鞄を提げて、肩をいからすように、大跨に歩・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・里子を預かるくらいゆえ、もとより水呑みの、牛一頭持てぬ細々した納屋暮しで、主人が畑へ出かけた留守中、お内儀さんが紙風船など貼りながら、私ともう一人やはり同じ年に生れた自分の子に乳をやっていたのだが、私が行ってから一年もたたぬうちに日露戦争が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼は納屋の軒の柱に独楽の緒をかけ、両手に端を持って引っぱった。「そんなら雀を追いに来るか。」「いいや。」「そんなにキママを云うてどうするんぞいや! 粉はひかにゃならず、稲にゃ雀がたかりよるのに!」母は、けわしい声をだした。 ・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・彼がじいっと耳を澄ますと、納屋で蓆や空俵を置き換えている気配がした。まもなく、お里が喉頭に溜った痰を切るために「ウン」と云って、それから、小便をしているのが聞えて来た。「隠したな。」と清吉は心で呟いた。 妻は、やはり反物をかえさずに・・・ 黒島伝治 「窃む女」
出典:青空文庫