・・・その先端の綿の繊維を少しばかり引き出してそれを糸車の紡錘の針の先端に巻きつけておいて、右手で車の取っ手を適当な速度で回すと、つむの針が急速度で回転して綿の繊維の束に撚りをかける。撚りをかけながら左の手を引き退けて行くと、見る見る指頭につまん・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・それがこの奇妙な紡錘体の把柄とでも云いたいような恰好をしているのであった。枝に取り付いている上端は眼に見えないほど小さい糸になっているので、風の吹く度に簑はさまざまに複雑な振子運動をし、また垂直な軸のまわりに廻転もしていた。今にも落ちそうに・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・はねるたびにあの紡錘形の袋はプロペラーのように空中に輪をかいて回転するだけであった。悪くすると小枝を折り若芽を傷つけるばかりである。今度は小さな鋏を出して来て竿の先に縛りつけた。それは数年前に流行した十幾とおりの使い方のあるという西洋鋏であ・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・もう夜になって小萩が来ても、手伝うにおよばぬほど、安寿は紡錘を廻すことに慣れた。様子は変っていても、こんな静かな、同じことを繰り返すような為事をするには差支えなく、また為事がかえって一向きになった心を散らし、落ち着きを与えるらしく見えた。姉・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫