ウェルダアの桜 大きな河かと思うような細長い湖水を小蒸気で縦に渡って行った。古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退いて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・それがある時台所で出入りの魚屋と世間話をしながら、刺身包丁を取り上げて魚屋の盤台の鰹の片身から幅二分くらい長さ一尺近い細長い肉片を巧みにそぎ取った。そうしてその一端を指でつまんで高く空中に吊り下げた真下へ仰向いた自身の口をもって行って、見る・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・西瓜もそのころには暗碧の皮の黒びかりしたまん円なもののみで、西洋種の細長いものはあまり見かけなかった。 これは余談である。わたくしは折角西瓜を人から饋られて、何故こまったかを語るべきはずであったのだ。わたくしが口にすることを好まなければ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・車夫はただ細長い通りをどこまでもかんかららんと北へ走る。なるほど遠い。遠いほど風に当らねばならぬ。馳けるほど顫えねばならぬ。余の膝掛と洋傘とは余が汽車から振り落されたとき居士が拾ってしまった。洋傘は拾われても雨が降らねばいらぬ。この寒いのに・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・非常に細長い寺だった」「這入って見たかい」「やめて来た」「そのほかに何もないかね」「別段何もない。いったい、寺と云うものは大概の村にはあるね、君」「そうさ、人間の死ぬ所には必ずあるはずじゃないか」「なるほどそうだね」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・これではいかぬと思うて、少く頭を後へ引くと、視線が変ったと共にガラスの疵の具合も変ったので、火の影は細長い鍵のような者になった。今度はきっと風変りの顔が見えるだろうと見て居たけれど火の形が変なためか一向何も現れぬ。やや暫くすると何やら少し出・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖ったくるみの実のようなものをひろいました。「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはす・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ それはたちまち器械の中で、きれいな黄色の穀粒と白い細長い芯とにわかれて、器械の両側に落ちて来るのでした。今朝来たばかりの赤シャツの農夫は、シャベルで落ちて来る穀粒をしゃくって向うに投げ出していました。それはもう黄いろの小山を作っていた・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・そこも門から八ツ手などの植った玄関までだらだら下りになっていて、横手に見える玄関の格子はいつもしまっている。細長い踏み石がしいてあるその門と玄関との間のところに、犬小舎が置かれていて、そこに一匹の洋犬が鎖でつながれて暮しているのであった。・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・花房の父があの家をがらくたと一しょに買い取った時、天井裏から長さ三尺ばかりの細長い箱が出た。蓋に御鋪物と書いてある。御鋪物とは将軍の鋪物である。今は花房の家で、その箱に掛物が入れてある。 火事にも逢わずに、だいぶ久しく立っている家と見え・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫