・・・議論にも見えますが、元来文学上の書物は専門的の述作ではない、多く一般の人間に共通な点について批評なり叙述なり試みた者であるから、職業のいかんにかかわらず、階級のいかんにかかわらず赤裸々の人間を赤裸々に結びつけて、そうしてすべての他の墻壁を打・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ついに思いきった様子で、宛名は書かず、自分の本名のお里のさ印とのみ筆を加え、結び文にしてまた袂へ入れた。それでまたしばらく考えていた。 廊下の方に耳を澄ましながら、吉里は手箪笥の抽匣を行燈の前へ持ち出し、上の抽匣の底を探ッて、薄い紙包み・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・広く外国と交を結び、約束に信を失わず、貿易に利を失わしめざる者も、この子女ならん。概してこれをいえば、文明開化の名を実にし、わが日本国をして九鼎大呂より重からしめんには、この子女に依頼せずして他に求むべきの道あらざるなり。 民間に学校を・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・娘一人、徐に歩み入る、派手なる模様あるあっさりとしたる上着を着、紐を十字に結びたる靴を穿き、帽子を着ず、頸の周囲にヴェエルを纏娘。あの時の事を思えば、まあ、どんなに嬉しかったろう。貴方はもう忘れておしまいなされたか。貴方はわたしを非・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・と有形物をもって結びたるはなかなかに賤しく厭わし。煙あないぶせ銚子かけてたく藁のもゆとはなしに煙のみたつ「あないぶせ」とかように初に置くこと感情の順序に戻りて悪し。『万葉』にてはかくいわず。全くこの語を廃するか、・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ アラムハラドは斯う言って堅く口を結び十一人の子供らを見まわしました。子供らはみな一生けん命考えたのです。大人のように指をまげて唇にあてたりまっすぐに床を見たりしました。その中で大臣の子のタルラが少し顔を赤くして口をまげてわらいました。・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・ 今日、こういう過程を経た新聞人の進歩的な要素が、わたしたち人民の、ひろく強く生き進もうとする熱意と本当に自然な一致をもって結び合わされつつあるのは、実に意義深いことだと思う。言論が客観的な真理に立つ可能とその必然をますと共に、人民の生・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・そこで更闌けて抜き足をして、後ろ口から薄暗い庭へ出て、阿部家との境の竹垣の結び縄をことごとく切っておいた。それから帰って身支度をして、長押にかけた手槍をおろし、鷹の羽の紋の付いた鞘を払って、夜の明けるのを待っていた。 討手として阿部・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・七 安次は股引の紐を結びながら裏口へ出て来ると、水溜の傍の台石に腰を下ろした。彼は遠い物音を聞くように少し首を延ばして、癖ついた幽かな笑いを脣に浮かべながら水菜畑を眺めていた。数羽の鶏の群れが藁小屋を廻って、梨の木の下から一・・・ 横光利一 「南北」
・・・と仰有ってまたちょっと口を結び、力のなさそうな溜息をなすって、僕のあたまを撫ながら、「坊もどうぞあの通りな立派な生涯を送って、命を終る時もあのようにいさぎよくなければなりません。真の名誉というものは、神を信じて、世の中に働くことにあるので、・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫