・・・それはまあ一般に言えば人の秘密を盗み見るという魅力なんですが、僕のはもう一つ進んで人のベッドシーンが見たい、結局はそういったことに帰着するんじゃないかと思われるような特殊な執着があるらしいんです。いや、そんなものをほんとうに見たことなんぞは・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・けれども結局、妻に秘密を知られたので、別に覚悟も何にも無いのである。ただ喫驚した余りに怒鳴り、狼狽えた余に喚いたので、外面に飛び出したのは逃げ出したるに過ぎない。 であるから歩るいている中に次第に心が静まって来た。こうなっては何もかも妻・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・恋愛から入らずに結婚して、夫婦道の理想を立てようなどというのは、霊のない人間に初めて考えられることであって、たとい円満にそいとげても、結局常識的、事務的な結合にすぎぬ。こういうことはやはり正面からの道が一番いいので、ほかから見れば、円満幸福・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ そこでどうしたか。結局、こっちの条件が悪く、負けそうだったので、持って帰れぬ什器を焼いて退却した。赤旗が退路を遮った。で、戦争をした。そして、また退却をつづけた。赤旗は流行感冒のように、到るところに伝播していた。また戦争だ。それからど・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 細君はいいほどに主人を慰めながら立ち上って、更に前より立優った美しい猪口を持って来て、「さあ、さっぱりとお心持よく此盃で飲って、そしてお結局になすったがようございましょう。」と慇懃に勧めた。が、主人はそれを顧みもせずやっぱり毀・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・が彼の通ってゆく途中の一軒一軒が、彼を素直な気持で入らせなかった。結局、彼は行きつけの本屋に寄って、電話を借り、Sにかけた。交換手がひっこんで、相手が出る、その短かい間、龍介は「いてくれれば」という気持と「かえっていないでくれれば極りがつく・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・私はいろいろな人の手に子供らを託してみ、いろいろな場所にも置いてみたが、結局父としての自分が進んでめんどうをみるよりほかに、母親のない子供らをどうすることもできないのを見いだした。不自由な男の手一つでも、どうにかわが子の養えないことはあるま・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・道理だと思う部分も、結局は半面の道理たるに過ぎないから、矛盾した他の半面も同じように真理だと思う。こういう次第で心内には一も確固不動の根柢が生じない。不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・嘉七は、ふたり一緒に東京へかえることを主張したが、かず枝は、着物もひどく汚れているし、とてもこのままでは汽車に乗れない、と言い、結局、かず枝は、また自動車で谷川温泉へかえり、おばさんに、よその温泉場で散歩して転んで、着物を汚したとか、なんと・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ それでこの書物の内容も結局はモスコフスキーのアインシュタイン観であって、それを私が伝えるのだから、更に一層アインシュタインから遠くなってしまう、甚だ心細い訳である。しかし結局「人」の真相も相対性のものかもしれないから、もしそうだとする・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫