・・・そして此の心を持って自然を見主観に映じた色彩、主観に入った自然の姿、此れが即ち人間生活の絶対的経験という立場から凡ての刺戟を受け入れて日常生活の経験を豊富にするという、それが為めの努力、此れが人生を楽しむ努力であると思う。 併し、如上の・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・ 父親のこのみで彼女はむかし絶対に洋装をしなかったのであるが、いまは夏であるから彼女も洋装していた。察しのつく通りアッパッパで、それも黒門市場などで行商人が道端にひろげて売っているつるつるのポプリンの布地だった。なお黒いセルロイドのバン・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・しかも、一たび神様となるや、その権威は絶対であって、片言隻句ことごとく神聖視されて、敗戦後各分野で権威や神聖への疑義が提出されているのに、文壇の権威は少しも疑われていないのは、何たる怠慢であろうか。フランスのように多くの古典を伝統として持っ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・しかし具体的に問題の所在を示すために二、三の例証を引くことは絶対に必要である。 先ず道徳思想と道徳との弁別の問題がある。リップスによれば、モラールは時と処と人とによって異なる道徳的見解、要求の類であり、如何なる民族も、階級も、個人もそれ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・傷をいやすレーテの川、忘却というものも自然のたまものだ。絶対的にのみ考えなくてもいい。童貞の青年といえども、すでに自慰を知らぬものはなく、肉体的想像力を持たぬものもあり得ない。全然とり返しがつかぬという考え方はこれは天国的なものでなく、悪魔・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・残飯は一粒と雖も、やることは絶対にならん。厳禁してくれ。」「はい。」「よし、それだけだ。」 副官が、命令を達するために、次の部屋へ引き下ると、彼はまた叫んだ。「副官!」「はい。」「この点呼に、もしもおくれる者があった・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ が、それと共に、自然の風物もいまでは、痛く私の心を引く。絶対安静の病床で一カ月も米杉の板を張った天井ばかりを眺めて暮した後、やっと起きて坐れるようになって、窓から小高い山の新芽がのびた松や団栗や、段々畑の唐黍の青い葉を見るとそれが恐し・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ただその場合だって、お互が人格的な関係にあることが、彼には絶対に必要だった。彼は友だちのように、「商売女は商売女さ」そうはなれなかった。彼はそういう女をどうしてもエロチックには感ぜられなかった。すぐその惨めさがきた。それで彼は生理的な発作の・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・これは、絶対に排撃しなければならない。老博士は、この伝統の打破に立ったわけであります。」意気いよいよあがった。みんなは、一向に面白くない。末弟ひとり、まさにその老博士の如くふるいたって、さらにがくがくの論をつづける。「このごろでは、解析・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・観者に関するあらゆる絶対性を打破する事によって現出された客観的実在は、ある意味で却って絶対なものになったと云ってもよい。 この仕事を仕遂げるために必要であった彼の徹底的な自信はあらゆる困難を凌駕させたように見える。これも一つのえらさであ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫