・・・罪を罪と知るものには、総じて罰と贖いとが、ひとつに天から下るものでござる。」――「さまよえる猶太人」は、記録の最後で、こう自分の第二の疑問に答えている。この答の当否を穿鑿する必要は、暫くない。ともかくも答を得たと云う事が、それだけですでに自・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・いつかおれはあの男が、海へ卒塔婆を流す時に、帰命頂礼熊野三所の権現、分けては日吉山王、王子の眷属、総じては上は梵天帝釈、下は堅牢地神、殊には内海外海竜神八部、応護の眦を垂れさせ給えと唱えたから、その跡へ並びに西風大明神、黒潮権現も守らせ給え・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・われ、その時、宗門の戒法を説き、かつ厳に警めけるは、「その声こそ、一定悪魔の所為とは覚えたれ。総じてこの「じゃぼ」には、七つの恐しき罪に人間を誘う力あり、一に驕慢、二に憤怒、三に嫉妬、四に貪望、五に色欲、六に餮饕、七に懈怠、一つとして堕獄の・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・この歯をくいしばった処を見い。総じて寝ていても口を結んだ奴は、蓋をした貝だと思え。うかつに嘴を入れると最後、大事な舌を挟まれる。やがて意地汚の野良犬が来て舐めよう。這奴四足めに瀬踏をさせて、可いとなって、その後で取蒐ろう。食ものが、悪いかし・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・加うるに人物がそれぞれの歴史や因縁で結ばれてるので、興味に駆られてウカウカ読んでる時はほぼ輪廓を掴んでるように思うが、細かに脈絡を尋ねる時は筋道が交錯していて彼我の関係を容易に弁識し難い個処がある。総じて複雑した脚色は当の作者自身といえども・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 泣けもせずキョトンとしているのを引き取ってくれた彦根の伯父が、お前のように耳の肉のうすい女は総じて不運になりやすいものだといったその言葉を、登勢は素直にうなずいて、この時からもう自分のゆくすえというものをいつどんな場合にもあらかじめ諦・・・ 織田作之助 「螢」
・・・善悪の二字総じて忘れる宗教のふところに入らねばならぬ。しかし善悪を忘じることは、善悪に執し切った後においてのみ可能なのである。知識青年にして少なくともある時代、倫理学に身をやつさないような人間は決して善悪の彼岸には出で得ぬであろう。・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・しかしもっとも責むべきは当局者である。総じて幸徳らに対する政府の遣口は、最初から蛇の蛙を狙う様で、随分陰険冷酷を極めたものである。網を張っておいて、鳥を追立て、引かかるが最期網をしめる、陥穽を掘っておいて、その方にじりじり追いやって、落ちる・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・しかし人間は総じて男女の別なく、いかほど正しい当然な事でも、それをば正当なりと自分からは主張せずに出しゃばらずに、何処までも遠慮深くおとなしくしている方がかえって奥床しく美しくはあるまいか。現代の新婦人連は大方これに答えて、「そんなお人好な・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、また地獄に堕つべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり」といえる尊き信念の面影をも窺うを得て、無限の新生命に接することができる。・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
出典:青空文庫