・・・「お前さん、その三尺は、大層色気があるけれど、余りよれよれになったじゃないか、ついでだからちょいとこの端へはっておいて上げましょう。」「何こんなものを。」 とあとへ退り、「いまに解きます繻子の帯……」 奴は聞き覚えの節に・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・第一色気ざかりが露出しに受取ったから、荒物屋のかみさんが、おかしがって笑うより、禁厭にでもするのか、と気味の悪そうな顔をしたのを、また嬉しがって、寂寥たる夜店のあたりを一廻り。横町を田畝へ抜けて――はじめから志した――山の森の明神の、あの石・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・――その年の残暑の激しさといってはありませんでした。内中皆裸体です。六畳に三畳、二階が六畳という浅間ですから、開放しで皆見えますが、近所が近所だから、そんな事は平気なものです。――色気も娑婆気も沢山な奴等が、たかが暑いくらいで、そんな状をす・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ その頬が、白く、涼しい。「見せろよ。」 低い声の澄んだ調子で、「ほほほ。」 と莞爾。 その口許の左へ軽くしまるのを見るがいい。……座敷へ持出さないことは言うまでもない。 色気の有無が不可解である。ある種のうつく・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と家主のお妾が、次の室を台所へ通がかりに笑って行くと、お千さんが俯向いて、莞爾して、「余り色気がなさ過ぎるわ。」「そこが御婦人の毒でげす。」 と甘谷は前掛をポンポンと敲いて、「お千さんは大将のあすこン処へ落ッこちたんだ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 一体黒い外套氏が、いい年をした癖に、悪く色気があって、今しがた明保野の娘が、お藻代の白い手に怯えて取縋った時は、内々で、一抱き柔かな胸を抱込んだろう。……ばかりでない。はじめ、連立って、ここへ庭樹の多い士族町を通る間に――その昔、江戸・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 辻町は、額をおさえて、提灯に俯向いて、「何と思ったか、東京へ――出発間際、人目を忍んで……というと悪く色気があります。何、こそこそと、鼠あるきに、行燈形の小な切籠燈の、就中、安価なのを一枚細腕で引いて、梯子段の片暗がりを忍ぶように・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・満蔵はあくびをしながら、「みんな色気があるからだめだ。省作さんがいれば、おとよさんもはま公も唄もうたわねいだもの」 満蔵は臆面もなくそんなことを言って濁笑いをやってる。実際満蔵の言うとおりで、おとよさんは省作のいるとこでは、話も思い・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それが原因でかなり見るべきところのあったその恋も無残に破れてしまったのである。けれども今もなお私は「月ヶ瀬」・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・なんとなく、あの灸婆のことが想い出されたりして、想えばお千鶴も可哀想な女だと、いまはもう色気なぞ抜きにして、しんから同情される。 しかし、お前も随分しょんぼりした後姿だったね。いかにも、寒そうな、その姿がいまおれの眼のうらに熱くちらつい・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫