・・・墨染の衣にでも、花嫁の振袖にでも、イヴニングドレスにでも、信仰の心を包むことは自由である。草の庵でも、コンクリート建築の築地本願寺でも、アパートの三階でも信仰の身をおくことは随意である。そういう形の上に信仰の心があるのではない。モダンが好み・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・花婿は、友達と一緒に花嫁を見に来ました。神が、彼に供える犠牲の獣を選びに被来ったように、スバーを見に来た人を見ると、親達は心配とこわさで、クラクラする程でした。物かげでは、母が高い声を出して娘を諭し、人々の前に出す迄に、スバーの涙を一層激し・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・十八歳の花嫁の姿は、月見草のように可憐であった。 H みんな幸福に暮した。 太宰治 「古典風」
・・・お前は十六魂だから、と言いかけて、自信を失ったのであろう、もっと無学の花嫁の顔を覗き、のう、そうでせんか、と同意を求めた。母の言葉は、あたっていたのに。 妻の教育に、まる三年を費やした。教育、成ったころより、彼は死のうと思いはじめた・・・ 太宰治 「葉」
・・・メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・三月の更によい日に習字のお師匠の娘が花嫁としてこの新居にむかえられた。その夜、火消したちは次郎兵衛の新居にぎっしりつまって祝い酒を呑み、ひとりずつ順々に隠し芸をして夜を更しいよいよ翌朝になってやっとおしまいのひとりが二枚の皿の手品をやって皆・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・その夜の花嫁は、翼を失った天使のように可憐に震えて居りました。王子には、この育ちの違った野性の薔薇が、ただもう珍らしく、ひとつき、ふたつき暮してみると、いよいよラプンツェルの突飛な思考や、残忍なほどの活溌な動作、何ものをも恐れぬ勇気、幼児の・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・この町はずれで巡査に呼止められて検査済の札を貼らされたが、一処に止められた他の車に式場へ急ぐらしい角かくしの花嫁の姿も見えたのは気の毒であった。 東京の行政区劃だけは脱け出しても東京の匂いはなかなか脱けない。それでも田無町辺からは昔の街・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・一つは雨夜の仮の宿で、毛布一枚の障壁を隔てて男女の主人公が舌戦を交える場面、もう一つは結婚式の祭壇に近づきながら肝心の花嫁の父親が花嫁に眼前の結婚解消をすすめる場面である。 婦人の観客は実にうれしそうに笑っていたようである。こういうアメ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ところが、その家の庭に咲き誇った夕顔をせせりに来る蛾の群が時々この芳紀二八の花嫁をからかいに来る、その度に花嫁がたまぎるような悲鳴を上げてこわがるので、息子思いの父親はその次の年から断然夕顔の裁培を中止したという実例があるくらいである。この・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
出典:青空文庫