・・・侵略の銃につけられた花束であったというのだろうか。それとも、故国にとりのこされている無数の妻や母たちに、女のあたしたちも行くところ、と侵略の容易さや、いつわられた雄々しさのうらづけをするためであったろうか。客観的に歴史のうえにみたとき、これ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・互にまともな結婚もなかなかできない下級サラリーマンとウーマンとが、自分たちのゆがめられしぼられている小さい恋の花束を眺めて、野暮に憤る代りに、肩をすくめ、目交ぜし合い、やがて口笛を吹いてゆくような新らしげな受動性。あるいは「女の心」に扱われ・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ゆうべ、花束をもって国会を訪問した全逓の婦人たちの話が放送された。公務員法案に賛成の議員はこのつぎに選挙しないため、目じるしの花を非賛成の側にある議員の胸のボタンにつけるためであった。日本でも、ボタン・ホールの花が、働く人民の意志の表示につ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・三月二十四日に予審が終った時、私は外に出たら何よりも先にあなたのところへ出かけてゆき、過去一年間の様々の経験の中から積み重ねた成長の花束を見せて上げたい、見て欲しいと思っていたのですが、公判がすまないうちは面会も手紙も許可されぬ由。其で、こ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・紅色帽の女が、何か云いながら、小さい見栄えのしない花束を二つずつ少女の両手に持たせた。そして、肩を押すようにして人通りの方に行かせた。私は、興味を持って、少女を見守った。僅な三四日のうちに、彼女はもう上手な花売りになったのだろうか。 雑・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・――アポローばりの立琴をきかせられたり、優らしい若い女神が、花束飾りをかざして舞うのを見せられたりすると、俺の熾な意気も変に沮喪する。今も、あの宮の階段を降りかけていると丸々肥って星のような眼をした天童が俺を見つけて、「もうかえゆの? 又、・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・五つ位の娘であった私の茫漠とした記憶の裡に、暗くて睡い棧敷の桝からハッと目をさまして眺めた明るい舞台に、貞奴のオフェリアが白衣に裾まである桃色リボンの帯をして、髪を肩の上にみだし、花束を抱いて立っていた鮮やかな顔が、やきつけられたようにのこ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・彼は小猫を下げるように百合の花束をさげたまま、うろうろ廊下を廻って空虚の看護婦部屋を覗いてみた。壁に挾まれた柩のような部屋の中にはしどけた帯や野蛮なかもじが蒸された空気の中に転げていた。まもなくここで、疲れた身体を横たえるであろう看護婦たち・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・時には華やかな踊子達が花束のように詰め込まれて贈られた。時には磨かれたシルクハットが、時には鳥のようなフロックが。しかし、彼は何事も考えはしなかった。 彼は南方の狭い谷底のような街を見下ろした。そこでは吐き出された炭酸瓦斯が気圧を造り、・・・ 横光利一 「街の底」
・・・曠着を着まして、足を爪立てまして、手には花束を持ちまして。」 一間の内はひっそりとしている。外で振っていた鐸の音さえも絶えてしまった。 フィンクは目をって闇の中を見ている。そしてあの声がまだ何か云うだろうと思って待っている。あの甘い・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫