・・・僕たちが若竹へ通った時分だって、よしんば語り物は知らなかろうが、先方は日本人で、芸名昇菊くらいな事は心得ていたもんだ。――そう云って、僕がからかったら、お徳の奴、むきになって、「そりゃ私だって、知りたかったんです。だけど、わからないんだから・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・路ばたでも竹の子のずらりと明るく行列をした処を見掛けるが、ふんだんらしい、誰も折りそうな様子も見えない。若竹や――何とか云う句で宗匠を驚したと按摩にまで聞かされた――確に竹の楽土だと思いました。ですがね、これはお宅の風呂番が説破しました。何・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・竹が美しい若葉を着けるのは、子が既に若竹になってからである。生殖を営んで居る間の衰えということをある時つくづく感じたことがあった。 花曇り、それが済んで、花を散らす風が吹く。その後に晩春の雨が降る。この雨は多く南風を伴って来る。昨日の花・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・ほら、いつぞや、若竹をたべた日本橋の小料理や、あすこの持家で、気に入るかどうか、屋根は茅です。」そして、その辺の地理の説明がこまかに書かれていた。鎌倉といっても大船駅で降り、二十何町か入った山よりのところ、柳やという旅籠屋があって風呂と食事・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 丁度、今年の若竹が育つ盛りの時分で、おじいさんの庭にもはぐれて生えた数本の若竹があった。日毎に、日の光を梳いてあつみの増すそれ等の若竹の葉越しに、私共は毎日雨戸をしめた裏の家の軒下を眺めて暮すことになった。 入梅があけると、空・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
出典:青空文庫