・・・ 落ち葉の散らばった玄関には帽子をかぶらぬ男が一人、薄明りの中に佇んでいる。帽子を、――いや、帽子をかぶらぬばかりではない。男は確かに砂埃りにまみれたぼろぼろの上衣を着用している。常子はこの男の姿にほとんど恐怖に近いものを感じた。「・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
上 夜、盛遠が築土の外で、月魄を眺めながら、落葉を踏んで物思いに耽っている。 その独白「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ 墓は皆暗かった、土地は高いのに、じめじめと、落葉も払わず、苔は萍のようであった。 ふと、生垣を覗いた明い綺麗な色がある。外の春日が、麗かに垣の破目へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交る紫雲英である。…… 少年・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・――青苔に沁む風は、坂に草を吹靡くより、おのずから静ではあるが、階段に、緑に、堂のあたりに散った常盤木の落葉の乱れたのが、いま、そよとも動かない。 のみならず。――すぐこの階のもとへ、灯ともしの翁一人、立出づるが、その油差の上に差置・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・木立ちはいまさかんに黄葉しているが、落ち葉も庭をうずめている。右手な神社のまた右手の一角にまっ黒い大石が乱立して湖水へつきいで、そのうえにちょっとした宿屋がある。まえはわずかに人の通うばかりにせまい。そこに着物などほしかけて女がひとり洗濯を・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 家のまわりは秋ならなくに、落葉が散乱していて、見るからにさびしい。生垣の根にはひとむらの茗荷の力なくのびてる中に、茗荷茸の花が血の気少ない女の笑いに似て咲いてるのもいっそうさびしさをそえる。子どもらふたりの心に何のさびしさがあろう。か・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ ぱらぱらといって、落ち葉が、風に飛ばされてきて、窓のガラス戸に当たる音がしていました。「子曰夫孝天之経也。地之義也。民之行也。――この経は、サダマリというのだ。そして、義は、ここでは道理という意味であって、民は即ち人、行はこれをツ・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・夜風が渡ると、降るように落ち葉が、小舎の屋根にかかりました。夜が明けて、男が出かけるときに、「もしおじいさん、腹でも痛んだりしたときに、これをおあがんなさい。」と、黒い色をした薬をすこしばかりくれました。「なにかな、これは。」「・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・ 冬になって堯の肺は疼んだ。落葉が降り留っている井戸端の漆喰へ、洗面のとき吐く痰は、黄緑色からにぶい血の色を出すようになり、時にそれは驚くほど鮮かな紅に冴えた。堯が間借り二階の四畳半で床を離れる時分には、主婦の朝の洗濯は夙うに済んでいて・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・楢林は薄く黄ばみ、農家の周囲に立つ高い欅は半ば落葉してその細い網のような枝を空にすかしている。丘のすそをめぐる萱の穂は白銀のごとくひかり、その間から武蔵野にはあまり多くない櫨の野生がその真紅の葉を点出している。『こんな錯雑した色は困るだ・・・ 国木田独歩 「小春」
出典:青空文庫