・・・夜見たよりも一段、蕭条たる海辺であった。家の周囲は鰯が軒の高さほどにつるして一面に乾してある。山の窪みなどには畑が作ってあってそのほかは草ばかりでただところどころに松が一本二本突ッたっている。僕はこんなところに鹿がいるだろうかと思った。・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・き寝衣姿の女が、懐紙を口に銜て、例の艶かしい立膝ながらに手水鉢の柄杓から水を汲んで手先を洗っていると、その傍に置いた寝屋の雪洞の光は、この流派の常として極端に陰影の度を誇張した区劃の中に夜の小雨のいと蕭条に海棠の花弁を散す小庭の風情を見せて・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・栗本鋤雲が、門巷蕭条夜色悲 〔門巷は蕭条として夜色悲しく声在月前枝 の声は月前の枝に在り誰憐孤帳寒檠下 誰か憐まん孤帳の寒檠の下に白髪遺臣読楚辞 白髪の遺臣の楚辞を読めるを〕といった絶句の如きは今なお牢記し・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・寂として客の絶間の牡丹かな蕭条として石に日の入る枯野かなのごときは「しんとして」「淋しさは」など置きたると大差なけれど、なお漢語の方適切なるべし。 第三は支那の成語を用うるものにして、こは成語を用いたるがために興ある・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫