・・・すべてのエキゾティックなものに憧憬をもっていた子供心に、この南洋的西洋的な香気は未知の極楽郷から遠洋を渡って来た一脈の薫風のように感ぜられたもののようである。その後まもなく郷里の田舎へ移り住んでからも毎日一合の牛乳は欠かさず飲んでいたが、東・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・そんなことを考えながら帝劇の玄関を下りて、雨のない六月晴の堀端の薫風に吹かれたのであった。 八 随筆は誰でも書けるが小説はなかなか誰にでも書けないとある有名な小説家が何かに書いていたが全くその通りだと思う。随・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・「おぼろ」「花の雨」「薫風」「初あらし」「秋雨」「村しぐれ」などを外国語に翻訳できるにはできても、これらのものの純日本的感覚は到底翻訳できるはずのものではない。 数千年来このような純日本的気候感覚の骨身にしみ込んだ日本人が、これらのもの・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・の雲に薫風を持って来た上に「かますご」を導入したのは結構であるが、彼の頭にはおそらくこの「夕飯のかますご」が膠着していてそれから六句目の自分の当番になって「宵々」の「あつ風呂」が出現した感がある。また同じ「夕飯」がまだまだ根を引いて「木曾の・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・モシソレ薫風南ヨリ来ツテ水波紋ヲ生ジ、新樹空ニ連ツテ風露香ヲ送ル。渡頭人稀ニ白鷺雙々、舟ヲ掠メテ飛ビ、楼外花尽キ、黄悄々、柳ヲ穿ツテ啼ク。々ノ竿、漁翁雨ニ釣リ、井々ノ田、村女烟ニ鋤ス。一檐ノ彩錦斜陽ニ映ズルハ駝ノ芍薬ヲ売ルナリ。満園ノ奇香微・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・蚊帳釣りて翠微つくらん家の内 特に翠微というは翠の字を蚊帳の色にかけたるしゃれなり。薫風やともしたてかねつ厳島「風薫る」とは俳句の普通に用いるところなれどしか言いては「薫る」の意強くなりて句を成しがたし。ただ夏の風というくら・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫