・・・――「世界一ならば何でも好「『虞美人草』は?」「あれは僕の日本語じゃ駄目だ。……きょうは飯ぐらいはつき合えるかね?」「うん、僕もそのつもりで来たんだ。」「じゃちょっと待ってくれ。そこに雑誌が四五冊あるから。」 彼は口笛を・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
一 中学の三年の時だった。三学期の試験をすませたあとで、休暇中読む本を買いつけの本屋から、何冊だか取りよせたことがある。夏目先生の虞美人草なども、その時その中に交っていたかと思う。が、中でもいちばん大部・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・ 劇場の中のまるい広場には、緑の草の毛氈の中に真紅の虞美人草が咲き乱れて、かよわい花弁がわずかな風にふるえていた。よく見ると鳥頭の紫の花もぽつぽつ交じって咲いていた。この死滅した昔の栄華と歓楽の殿堂の跡にこんなかよわいものが生き残ってい・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・「虞美人草」を書いていたころに、自分の研究をしている実験室を見せろと言われるので、一日学校へ案内して地下室の実験装置を見せて詳しい説明をした。そのころはちょうど弾丸の飛行している前後の気波をシュリーレン写真にとることをやっていた。「これ・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 三 虞美人草のつぼみははじめうつ向いている。いよいよ咲く前になって頭をもたげてまっすぐに起き直ってから開き始める。ある夏中庭の花壇にこの花を作ったとき、一日試みに二つのうつ向いたつぼみの上方にヘアピン形に折れ曲・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・それはコスモスと虞美人草とそうして小桜草である。立ち葵や朝顔などが小さな二葉のうちに捜し出されて抜かれるのにこの三種のものだけは、どういうわけか略奪を免れて勢いよく繁殖する。二三年の間にはすっかり一面に広がって、もうとても数人の子供の手には・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・また、「虞美人草」「三四郎」などの中に、いわゆる才気煥発で、美しくもあり、当時にあって外国語の小説などを読む女を、それとは反対に自然に咲いている草花のような従来の娘と対置して描いているのは、注目をひくところである。今日の私たちの心持から見る・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・『猫』の次に『野分』において正義の情熱の露骨な表現があった。『虞美人草』に至っては鮮やかな類型的描写によって、卑屈な利己主義や、征服欲の盛んな我欲や、正義の情熱や、厭世的なあきらめなどの心理を剔抉した。その後の諸作においては絶えずこの問題に・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫