・・・二 こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていた陀多でございます。何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るの・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・況や針の山や血の池などは二三年其処に住み慣れさえすれば格別跋渉の苦しみを感じないようになってしまう筈である。 醜聞 公衆は醜聞を愛するものである。白蓮事件、有島事件、武者小路事件――公衆は如何にこれらの事件に無上の満足を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 地獄には誰でも知っている通り、剣の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔の谷や極寒地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代る代る杜子春を抛りこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・……微塵に轢かれたんでしょう。血の池で、白魚が湧いたように、お藻代さんの、顔だの、頬だのが。 堤防を離れた、電信のはりがねの上の、あの辺……崖の中途の椎の枝に、飛上った黒髪が――根をくるくると巻いて、倒に真黒な小蓑を掛けたようになって、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・めったに闇の中を歩行いて血の池なんかに落ちようものなら百年目だ、こんな事なら円遊に細しく聞いて来るのだッた。オヤ梟が鳴く。何でも気味の善い鳥とは思わなかったが、道理で地獄で鳴いてる鳥じャもの。今日は弔われのくたびれで眠くなって来た…………も・・・ 正岡子規 「墓」
・・・地獄絵で、赤鬼、青鬼は金棒をもち、きばをむき、血の池地獄へ亡者どもをかりたてた。しかし、きょうの日本の便乗悪鬼は、鼻の下にチョビ髭をはやして外国語を話す紳士首相の姿をしていたり、さもなければ、でっぷり艷のいい二重顎にふとって、白いバラなどを・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫