・・・その屋根にあがった、一等兵の浜田も、何か悪戯がしてみたい衝動にかられていた。昼すぎだった。「おい、うめえ野郎が、あしこの沼のところでノコ/\やって居るぞ。」 と、彼は、下で、ぶら/\して居る連中に云った。「何だ?」 下の兵士・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ただ同君の前期の仕事に抑々亦少からぬ衝動を世に与えて居ったという事を日比感じて居りましたまま、かく申ます。 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・その黙っているところがかえって自分の胸の中に強い衝動を与えた。 お父さんはいるのかい。 ウン、いるよ。 何をしているのだい。 毎日亀有の方へ通って仕事している。 土工かあるいはそれに類した事をしているものと想像された。・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・夜床の中で眼をさますと、何かの拍子から「いても立ってもいられない」衝動を感ずることがあった。そうすると口では言えないいろいろ淫猥なことが平気にそれからそれへととっぴに彩をつけて想像される。それがまた逆に彼の慾情を煽りたてた。が、彼はただ単純・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・「芸術の制作衝動と、」すこしとぎれた。あとの言葉を内心ひそかにあれこれと組み直し、やっと整理して、さいごにそれをもう一度、そっと口の中で復誦してみて、それから言い出した。「芸術の制作衝動と、日常の生活意慾とを、完全に一致させてすすむというこ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・臨終の人の枕もと等で、突然、卑猥な事を言って笑いころげたい衝動を感ずるのです。まじめなのです。気持は堪えられないくらいに厳粛にこわばっていながら、ふいと、冗談を言い出すのです。のがれて都を出ましたというのも、私の苦しまぎれのお道化でした。態・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・そうして最後の刹那の衝動的な変化をもっと分析して段階的加速的に映写したい。それから上野が斬られて犬のようにころがるだけでなく、もう少し恐怖と狼狽とを示す簡潔で有力な幾コマかをフラッシュで見せたい。そうしないとせっかくのクライマックスが少し弱・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうして観者の頭の中の映画に強いアクセントを与え、同時に次の進展への衝動と指針を与える。これは驚くべき芸術であるとも言われなくはない。これはともかくも一つの問題である。そうしてこの問題を追究すればその結果は必ず映画製作者にとってきわめて重要・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・また曲折しなければならないほどの衝動を受けたのであります。これを前の言葉で表現しますと、今まで内発的に展開して来たのが、急に自己本位の能力を失って外から無理押しに押されて否応なしにその云う通りにしなければ立ち行かないという有様になったのであ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・だが一番困ったのは、意識の反対衝動に駆られることだった。例えば町へ行こうとして家を出る時、反対の森の方へ行ってるのである。最も苦しいのは、これが友人との交際に於いて出る場合である。例えば僕は目前に居る一人の男を愛している。僕の心の中では固く・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫