・・・と言う言葉に衣冠束帯の人物を髣髴していた。しかし我我は同じ言葉に髯の長い西洋人を髣髴している。これはひとり神に限らず、何ごとにも起り得るものと思わなければならぬ。 又 わたしはいつか東洲斎写楽の似顔画を見たことを覚えてい・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 始めに、たぶん聖徳太子を代表しているらしい衣冠の人が出て来て、舞台の横に立って笛を吹く。しばらくすると山神が出て来て舞い始める。おどろな灰褐色の髪の下に真黒な小粒な顔がのぞいている。色があまりに黒いのと距離が遠いのとで、顔の表情などは・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・かかる人物を政府の区域中に入れて、その不慣なる衣冠をもって束縛するよりも、等しく銭をあたうるならば、これを俗務外に安置して、その生計を豊にし、その精神を安からしむるに若かず。元老院中二、三の学者あるも、その議事これがために色を添うるに非ず。・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・一、官の学校にては、おのずから衣冠の階級あるがゆえに、正しく学業の深浅にしたがって生徒席順の甲乙を定め難き場合あり。この弊を除くの一事は、議論上には容易なれども、事実に行われざるものなり。その失、三なり。一、官の学校にある者は、みず・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・この時、衣服の制限を立るに、何の身分は綿服、何は紬まで、何は羽二重を許すなどと命を出すゆえ、その命令は一藩経済のため歟、衣冠制度のため歟、両様混雑して分明ならず。恰も倹約の幸便に格式りきみをするがごとくにして、綿服の者は常に不平を抱き、到底・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・生れた市を火にしてその□(に薪木からのぼる焔に巨大な頭をかがやかせ高楼の上に黄金の□□□□(の絃をかきならして大悲劇詩人の形をまねて焔の鬨の声とあわれな市民の叫喚の声とをききながら歌うネロの驕った紫の衣冠はどんなにかがやき、その心はうれしさ・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫